第94話第一監査部での仕事②
領収書の但し書きを読む、圭太の表情は厳しい。
時折、パソコンで何かを調べて、大きな付箋にメモを書く、繰り返す。
河合紀子は、自らの監査ミス(重要な不正懸念の見逃し)を棚にあげて、再び圭太に迫った。
「ねえ・・・領収書の但し書きでしょ?金銭には関係ないのに、どうして、そんなにこだわるの?」
「程度の低いピンボケ監査しないでよ、忙しいんだから!」
圭太からは「返事」と言うより、「質問」が来た。
「すみません、ノロマで」
「ただ、お聞きしたいのは、この接待交際費の監査を去年担当されたのは?」
「あるいは、2年前、3年前とかも、教えていただきたい」
河合紀子は、首を傾げて、正直に答えた。(この時点では、どうでもいい質問だったから)
「私よ、文句あるの?」(少し喧嘩腰になった)
圭太は、困ったような顔、そして強い目で、河合紀子を見た。
「例えば、この領収書に書かれた接待相手です」
「中央区選出の都議、副区長、その他PC導入に関する部署の人・・・計3人」
「金額は、100万弱、10枚以上、同じような領収書があります」
「金額的にも接待交際費として異常、有楽町のサラリーマン相手の中華料理店ですから、3人で100万弱はありえない」
「それと、公務員への接待にあたる法的な問題、PC売込み部署が公的機関のPC導入部署を接待」
顏を蒼くして震え始めた河合紀子に、さらに厳しい一言を放つ。
「もし、数年に渡り、同じような店で同じような接待をしている場合」
「犯罪的な接待が繰り返されている可能性も高い、そう感じてしまいます」
他の監査士も、再び集まって来た。(圭太の発言に注目する)
圭太は、また意外な発言。
「それと、この金は、裏金の可能性も出て来ます」
「中央区のPCシステムは、ここのメーカーではありません」
「私は、前の仕事で何度も行っていますので」
別の監査士が、大きく頷いた。
「何か匂うね、不自然過ぎる領収書」
また別の監査士。
「我々の監査で見逃してしまったことが、問題かな」
「それで企業でも、大丈夫と思って、見つからないと判断して悪事に走った」
「あ・・・ごめん、河合さんへの個人攻撃ではないよ」
少し間をおいて、圭太は、河合紀子に、やさしい顔をみせた。
「もう少し調べて、ある程度整理してから、上司と相談しましょう」
「それから、申し訳ない、余計な指摘をしてしまって」
真っ青な顔で下を向く河合紀子に、さらに、やさしい声をかけた。
「私も、見落としもあるので、整理の作業を、申し訳ないけれど、助けて欲しいのですが」
河合紀子は、ようやく顔を上にあげた。
「あ・・・はい・・・」(少し前までの、居丈高な雰囲気は、まるでない)
圭太は机を動かして、向かい合わせに座る。
「このほうが、点検はしやすいかなと」
「後は、共同作業になります」
河合紀子も気を取り直して、点検を始めた。
「圭太さん・・・これも変かな」
圭太
「そうですね・・・神保町の喫茶店で、3人で50万は、あり得ない」
圭太は、少し間をおいた。
「裏金は問題、公務員接待も問題、それもあるけれど・・・」
河合紀子は、圭太の言葉を聞き漏らせなくなった。
「うん・・・それで?」
圭太の顏は、また厳しくなった。
「何のために、それをするのか、ということ」
「今、全体の一割にも満たないのに、1千万を越える」
「全部見れば、億?・・・公務員が絡めば、国を含めて政界への利権も絡む」
そこまで言って、苦笑い。
「あまり・・・やりたくない監査ですね」
河合紀子は、その苦笑いで、肩の力がストンと抜けた。
そして、「圭太の前から、動きたくない」そんな予想外の感情まで、芽生えている。
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