第93話第一監査部での仕事①

銀座監査法人の中でも、特に精鋭を集めたのが、第一監査部である。

総勢として、原則20人。(監査対象によっては、各部署から集め50人規模に増強)

圭太は、その20人を前に、やや緊張気味に、挨拶、頭を下げた。

「田中圭太と申します」

「何かと不慣れな点があると思います」

「よろしくご指導のほど、お願いいたします」


その後、先輩監査士の一人一人と挨拶を済ませ(約10分)、主任の河合紀子の隣の、ようやく「自分の席」につく。

河合紀子は、早速レクチャを始めた。

「次の監査クライアントは、財閥系の大手電機メーカー」

「社長、会長とも、政界とつながりが深い大物」

「あまり政治に触れることは、指摘しないほうが無難かな」


圭太は、この部では新人、素直に話を聞くばかり。

そもそも新人が、何の口出しができようか、ほぼ黙って聞き、時折「はい」と頷く。


その話の中で、圭太と河合紀子は、早速、接待交際費を点検するようだ。

接待場所、日付、料金、接待相手、帳簿との確認がポイントになる。

ただ、圭太としては、池田商事時代に毎日のように点検していた「実務」。

何ら困ることは無いので、河合紀子に頭を下げた。

「ご配慮、ありがとうございます」


河合紀子は、少し笑うだけ。(やや、挑発的な顔)

「確かに配慮しました」

「正確で速い仕事ぶりと聞いています」

「その噂の実力を、第一監査部でも、本物と評価できるように期待しています」


ただ、圭太は、挑発には乗らない。

そもそも、自分の評価は自分でできない、と思っているので、「はい」とだけ「聞き流し」、そのまま接待交際費の確認に入った。


まず、渡されたのは、すでに河合紀子が点検し、「問題が無い」と判断した領収書と帳簿の再確認だった。


圭太の目は、最初のページで止まった。

そして、次のページ、またその次のページを見て、最初のページに戻った。

付箋を手に持ったので、何か指摘か質問をしたいような雰囲気。


河合紀子は、その動きが気になった。(実は、腹立たしかった)

だから、強めに、圭太に言葉をかける。

「ねえ、圭太さん、そんな簡単な点検もわからないの?」

「領収書の日付、金額、接待相手、場所に問題が無ければ、それでいいんです」

「正確で速い仕事ぶりは、眉唾物なの?」

「それとも、第一監査部に来て、自分を見失ったの?」


圭太は、そんな河合紀子の言葉には対応しない。

「少し確認したいのは事実」

「領収書の金額と日付の点検ですが」

「手書きの筆跡が、ほぼ同じ」

「接待場所も日付も違うのに、それが不自然かと」


そのまま、4枚目以降もページをめくり、顔をしかめた。

「やはり、不自然と思います」

「数字の書き方が、皆同じ癖」

「手書きの領収書は、本来は領収した店で書くべきもの」

「ここの会社では、そうではないのでしょうか」

「ちなみに相手方を記した但し書きも、同じボールペン」

「私としては、あくまでも、念のため、確認したほうがいいかなと」


圭太の声は、小さ目。

ただ、他の監査士も圭太には注目していたようで、集まって来てしまった。


「圭太君の指摘通りかな」

「監査の基本だね、それ」

「架空の領収書で、不正、つまり業務上横領が発生している場合もある」

「そんな嘘がまかり通れば、企業全体の経理も嘘だらけになる」

「少し人数をかけて、接待交際費と経費は、全て再点検しよう」

「河合さんも初めての主任で、基本を忘れたのかな、急ぎ過ぎと思うよ」


挑発的に圭太に迫った主任の河合紀子は肩を落として、涙顔。


圭太は、その河合紀子には無反応。

領収書と帳簿のあちこちに、付箋を貼り始めている。

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