第92話銀座監査法人会長室では

圭太と河合紀子が、会長室を出た後、専務高橋美津子は、銀座監査法人会長杉村忠夫に頭を下げた。

「申し訳ありません、少々、気になることがありまして」


会長杉村忠夫は、苦笑い。

「ああ、僕も主任から聞いていたよ」

「佐藤由紀君だろ?」


専務高橋美津子は冷静な分析。

「高校の先輩後輩なのですが、佐藤由紀さんが私情を持ち込み過ぎです」

「彼女は、明るい子ですが、圭太君のクールな反応で、かなり、ふさぎがち」

「要するに、圭太君は由紀さんとは合わない」

「由紀さんは、好きのようですが、圭太君に全くその気がない」

「彼女も圭太君では、難し過ぎたかもしれません」


会長杉村忠夫は、また苦笑い。

「ここは、結婚紹介所ではないよ」

「ただ、クライアントの助けになる正確で有効な監査をしてもらう、それだけさ」

「その邪魔になるのなら、一緒の部署にはおけないよ」


表情を冷静に戻した。

「おじいさんが元大蔵省の大幹部、もう一人のおじいさんは都銀の大幹部までなった人・・・両方とも、すごい人だった・・・勉強もさせてもらった」

「お父さんは・・・弁護士か、残念なことになったけれど」

「金融、法務に厳しい血が流れているのかな」


専務高橋美津子

「父も母もいない、それを気にしているようですね」

「お父様のことはともかく、特に、お母様の律子さんの死には、ショックを受けているようです」

「病院に入院させただけで、面倒を見切れなかった悔いがある、そんな様子です」


会長杉村忠夫は首を横に振る。

「そんなことを言っても、末期の癌だろう?」

「自宅で面倒は無理だよ」

「親子共倒れになる」

「そんなことを親は望まない」


会長杉村忠夫は、話題を変えた。

「池田が、今さら、アプローチをかけているようだが?」


専務高橋美津子は、眉をひそめた。

「池田聡は、今でも圭太君を欲しがっています」

「それが、圭太君の仕事が欲しいのか・・・あるいは、他に」

「奥様の池田光子さんまで、逢いに来るのだから」


会長杉村忠夫は頷いた。

「おそらく、何かあるのかもな」

「誰にも公表していないことが」


専務高橋美津子

「私、お母様の律子さんとは同じ税務署で仲間でした」

「池田との関係は、何も言わなかったので」


会長杉村忠夫

「圭太君の性格だ」

「知っていても、我々に言わんだろう」

「それと、関係が深いのなら、池田商事を辞めないだろう」


専務高橋美津子

「前会長の池田隆、旧姓宮田隆は、強欲、小ずるい商人」

「ほぼ無理やりに、池田商事に婿入りしたらしいですね、借金肩代わりを条件に」

「ただ、強欲が過ぎてバブルが弾けて、先物取引で大失敗」

「それを挽回しようと動き過ぎて、クモ膜下出血で即死」

「急遽、後を継いだ池田聡は、要するにボンボン育ちで経営には素人」

「当時は、安全志向の腕のいい幹部がいたから、経営を任せきりにした」

「それが功を奏して、基本的には健全経営に戻っていた」

「最近は、圭太君が入って、彼が成長して経理から経営判断まで、任せきりに」


会長杉村忠夫は首を傾げた。

「その過程の中で、圭太君に池田光子さんまで逢いに来る理由は何か、ということになるが・・・」

「まあ、仕事以外のことで、私生活までは詮索する理由もないのだが」


専務高橋美津子は、目を大きく開けた。

「とにかく、圭太君は、この銀座監査法人にいて欲しいと思っています」

「池田聡のボンボン経営の尻ぬぐいだけでは、実にもったいない」

「彼の監査能力は、もっと大きな場所で発揮させたい」


会長杉村忠夫は、深く頷いている。

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