第91話圭太は「へその緒」は、欲しい 人事異動

平野芳香は、30分ほどいて、帰った。

圭太にとって、どうでもいい「お世辞」を言われたけれど、それは平野芳香にとっての「弔問」の類と考えている。

「もともと、俺は、誰からも恋愛の対象ではない」

「だから、好き勝手なことを言っているだけ」


池田光子から渡された封筒を開けて、中を見た。

ほぼ、予想通り、池田華代からの財産分与の内容になっている。

丁寧に、池田聡と光子の同意署名(自筆らしい)、印。(丁寧に印鑑証明までつけてある)

預金、杉並の土地建物なので、軽く2億を超える。(正確に計算すれば、それ以上)


圭太は、苦笑い。

「税金の支払いで、預金分は残らない」

「土地建物を売ったほうが得か?」

「馬鹿馬鹿しい、自分で運用できないから、俺に面倒を押し付ける?」

「元々、母さん渡そうと思っていたから、俺に・・・ご都合主義も過ぎる」


貰う気持ちは、皆無なので、封筒は書棚の引き出しに、しまい込む。

「貰わなければ、税金もかからない」

「少なくとも面倒はかからない」


ただ、文面の中で、気になる部分があった。

財産ではない。

池田華代と母律子の「へその緒」も、屋敷にあるらしい。

圭太は、これには悩んだ。

「へその緒だけ、もらって、母さんの祭壇に置くかな」

「そうなると、池田と連絡を取る必要が生まれてくる」

「不注意にそのまま屋敷を取り壊すこともしないだろうが」

「・・・そもそも、へその緒だけ欲しいと言ったら、どんな反応をするだろうか」


考えても仕方がないと思った。

圭太は、「へその緒」は欲しかった。

「それだけを欲しいと言う」ことを決めた。

亡き母が、それを見て、どう感じるかは、正直わからない。

でも、血の流れを受け継ぐ圭太として、供養の一つになる、そう思ってしまったのである。


そこまで気持ちを固めて、小腹が減った。

圭太は、マンションを出て、コンビニに行くことにした。(南部せんべいは、食べる気にならなかった)

買ったのは、サンドイッチだけ。(シンプルな玉子サンド)


マンションに戻って、サンドイッチを食べながら、手帳を見る。

「母さんの四十九日の法事が、次の日曜日」

「出席者は、俺と、池田聡かな」

「もしかすると税理士事務所も来るのかな・・・よくわからん」

「お返しは、葬儀社に相談しないと」

「へその緒は、その時に池田に言う」


その晩は、圭太も、さすがに疲れていたので、寝付きはスムーズ。

池田華代、光子、平野芳香との出会いとか話を思っていると、眠ってしまった。


翌朝、銀座監査法人に出社すると、会長室に呼ばれた。

会長杉村忠夫は、いつもの柔和な顔。

専務高橋美津子も、笑顔。


会長杉村忠夫から話があった。

「別の監査部署、第一監査部に移ってもらう」

「いわゆる監査上級者の部署になる」

専務高橋美津子

「圭太君の実力が認められたの」

「財閥系の大きな会社の監査もありますよ」


圭太が、いきなりの話で戸惑っていると、会長室のドアが開き、若い女性が一人入って来た。

「田中圭太さんですね、私、河合紀子と申します」

「第一監査部の主任をしております、今日から指導に入りますので、よろしくお願いいたします」

見たところ、圭太と同年代(つまり25歳前後)、キリッとした顔をした美人、話もテキパキとして、圭太も身が引き締まる思い。

「了解しました、こちらこそ、よろしくお願いいたします」

握手もしっかりとする。

圭太は、握手の瞬間から、いつもにはない「気合の高まり」を感じている。

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