第86話圭太は、結局帰社する。

池田光子が帰ったので、圭太はようやく自由を取り戻した。

時計を見ると、午後3時。

銀座監査法人には、早退の電話許可(専務高橋美津子から許可を得た)を得てあるけれど、やりかけの仕事、机の上も未整理も気になるので、戻ることにした。(圭太は、机の上を整理して帰らないと、気分が落ち着かないタイプ)


帰社して、まず専務高橋美津子の部屋に。


圭太は、頭を下げた。

「用件を済ませましたので、戻りました」

「中抜けのようで、仕事に穴をあけてしまいました、申し訳ありません」


専務高橋美津子は、苦笑。

「そのまま休めばよかったのに」

「池田さんとは、無事に?」


圭太は、余計なことは言いたくない。(もしかすると、事情を知っているか、と不安に思う)

「はい、特に問題なく」


専務高橋美津子との会話は、そこまで。

監査チームの部屋に戻って、再び頭を下げた。

「仕事に穴を開けて、申し訳ありません」


監査チーム主任佐藤義人他監査士たちは、やさしい顔。

「圭太君、そんな責任を感じなくてもいいのに」

「誰でも、事情はあるさ、気にしない」

「まあ、生きていれば、いろんなことあるさ」

「でも、真面目だなあ、戻って来るなんて」


圭太は、監査士たちの柔らかな反応に肩の力が抜けた。

「ありがとうございます」と、再び頭を下げた。


そのまま、自分の席に着こうとすると、佐藤由紀が圭太の前に来た。

「圭太さん、大丈夫でした?」

「お昼は食べたの?」


圭太は、素直に答えた。

「鰻の特上を完食した」

「築地の超老舗」


由紀は、目を丸くした。

「え?圭太さんが、完食?」

「鰻でないと、完食しないの?」


圭太は、そんな由紀が実に「軽い」と思う。

本当のことは言えないので、あいまいに返す。

「そういう日もある」


由紀は、食い下がって来た。

「誰と?女性?」


圭太は、言う必要もない。(佐藤由紀のしつこさが、実に重い)

しかし、ここでトラブルを起こしたくなかった。

「池田商事の関係者」

「残務整理のようなもの」

「それも、終了した」


まだ、食い下がりそうな由紀に、少し厳しい顔。

「君には、一切関係ないこと」

「それより、そろそろ業務終了の時間」

「机の上の整理は出来ているのか?」


由紀の勢いが、途端に削がれた。(由紀の机上は、乱雑そのものだった)


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