第85話池田光子と圭太④

圭太は、月島のマンションに、池田光子を迎え入れた。

まず、紅茶を淹れた。

柑橘の香りがするレディグレイにしたのは、鰻の重たさを、それで消したかったため。


池田光子は、うれしそうな顔、美味しそうに飲む。

「さすがね、圭太君、上手に淹れる」


レディグレイを半分飲み、池田光子は母律子の祭壇、遺影に線香をあげ、手を合わせた。


予想通り、池田光子は、遺影を見るなり、激しく泣いた。


「ああ・・・律子姉さん・・・逢いたかったよ・・・ごめんなさい・・・」

「ほんとに・・・大好きだったよ・・・」

「圭太君に連れて来てもらったの」

「圭太君に、お母様に逢ってもらって」

「抱いてもらって、お母様もうれしそうに」

「ありがとうね、律子姉さんの気持ちかな」

「本当に・・・律子さんも圭太君も・・・やさしい」


圭太は、池田光子が、激しく泣いて、崩れ落ちそうになるので、時折支えた。

(無駄な、おせっかい、と思ったけれど、母の遺影の前)

(それなりのお付き合いも、あったようなので、配慮した)


池田光子は、しばらくシクシクと泣いて、ようやく祭壇から離れてソファに戻った。

「ごめんなさい、律子さんを見たら、もう止まらなかった」


圭太は、喪主として、頭を下げた。

「母も、お会いできて、喜んでいると思います」


長く泣いて、心も落ち着いたのか、池田光子は話題を変えた。

「圭太君、一人で寂しいでしょ?」


圭太は、冷静に返す。

「いえ、どうにもなることではないので」


池田光子は、やさしい顔。

予想外のことを言って来た。

「圭太君に彼女ができて、結婚して・・・子供ができたらな、と思うの」


圭太は、首を横に振る。

「まだ、喪中です」

「それに、そんな相手など、考えられません」(佐藤由紀の顏は、浮かばない)

(そもそも、恋愛も、ましてや、結婚は無理と考えている)


池田光子は、やさしい顔のまま。

「昔、華代さんと、律子姉さんと、話しました」

「圭太君だけは、幸せな結婚をさせたいと」


圭太は、考えた。

池田華代は、望まぬ結婚。

そのために、母律子を、知人に託すしかなかった。

母律子は、普通の恋愛結婚。

しかし、父は、若くして他人をかばって、交通事故死。

その意味で、幸せな結婚生活は言い難い。

目の前の池田光子と池田聡の結婚生活は、あまりよくないことも、実は知っている。(池田商事の元総務部として)(池田聡の浪費癖と浮気の問題も何度も耳にした)


池田光子の顏が、少し曇った。

「池田聡とは、子供が出来なくてね」

「それを私の責任にして、聡は浮気」

「でも、子供は出来なかった」(興信所を使って調べたことも、圭太は知っている)


圭太は、それを聞いても、どうにもならない。

相手もいない、相手を作る気もないのに、子供などできようもないのだから。

(佐藤由紀は、いずれ自分に愛想を尽かして、離れて行くと考えている)


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