第83話池田光子と圭太③

鰻は、確かに美味しかった。

食の細い圭太が、珍しく完食した。

「さすがの鰻です、ありがとうございます」と礼を述べた。


泣いていた池田光子が、ようやく笑った。

「圭太君、少し顔色悪かったから、食べてくれてよかった」

「残されたら、この店の恥と思っていたの」


圭太も表情を緩ませた。

「鰻も素直な天然物、タレは長年の伝統、それを仕上げる手抜が一切ない仕事」

「さすが、歴史ですね」


池田光子は、また、その瞳を潤ませた。

「華代さんと、律子さんと、一緒に食べたこともあったの」

「楽しかったな、あの日は」


圭太には、知らない話なので、静かに聞く。

「交流があったんですね」


池田光子は、頷く。

「家がどうの、でなくてね」

「そんなのを越える仲、華代さんも律子さんも、美味しそうに完食してくれてね」

「華代さんも律子さんも、同じ顔で、笑って・・・うれしかった」

また、顔を下に向けた。

「もう、私一人だけに・・・それがすごく寂しい」


圭太は、帰す言葉がないので、黙るしかなかった。


食事を終え、池田光子は再び頭を下げて来た。

「差しつかえなかったら、これから病院に」


圭太は、時計を見た。

午後1時を過ぎている。

専務高橋美津子から、「午後は、早退でも構いません」と聞いていたが、やはり圭太自身が連絡をするべきなので、連絡を取り、了承を得た。

「銀座監査法人には、早退する旨、連絡了承を得ました」

(ただ、手を握るだけのこと、なので、今日それをすれば、池田家とのことで考える必要もなくなる、と判断した)


再びレクサスに乗り込むと、池田光子はうちとけたように、話しかけて来た。

「また、気が向いたら、食べに来てね」


圭太は、静かに頭を下げた。

「ありがとうございます」(とても高い店なので、お誘いでもなければ、入ることはない)


池田光子

「銀座監査法人はどう?高橋さんは、すごく褒めていたけれど」

圭太は、ここでも慎重。

「いや、まだ新米、それなりの仕事でしかありません」


池田華代が入院する病院が見えて来た。

池田光子の声が震えた。

「圭太さん、よろしくお願いします」


圭太は「はい」と答えるのみ。

(最初で最後の、儀礼的な握手に過ぎないと、考えている)

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