第81話池田光子と圭太①

翌午前中の銀座監査法人は、今までと全く変わりがない。

圭太は、「氷顔」で先輩監査士と資料の点検作業、監査ポイントのすり合わせなど。

由紀は、一人取り残されて、圭太をチラ見したり、監査実務の教科書を読む。


「好きです」への既読返信は、朝の6時にあった。

圭太らしい、シンプルなものだった。

「ありがとうございます」


由紀は。何故、「既読も返信も遅れたのか」は聞きたくない。

返信内容のシンプルさは、少し寂しかった。

それでも、由紀としては、せっかく好転の方向の「関係」をつぶしたくない。

ただ、せめて、「チラ見」でもいいから、圭太に自分を見てもらいたい、と思う。

(実際、午前中は皆無だった)


昼休みの時間になった。

由紀が声をかけようとしたら、専務の高橋美津子が顔を出した。

やや、意味ありげな顔で、圭太に何かを耳打ち。

圭太の表情も変わった。

少し考えて「はい」と先輩監査士たちから離れた。

そのまま、高橋美津子と一緒に出て行ってしまった。


由紀の不安そうな表情が気になったようだ。

監査主任の佐藤が、教えてくれた。

「圭太君名指しの来客があるらしい」

「名前は聞き取れなかった」


由紀は、ますます不安になった。

でも、邪魔はできない、何もせず、圭太の帰りを待つ以外にはなかった。



圭太への来客は、「池田光子、池田聡の妻」と名乗った。

専務高橋美津子とは知己らしい。

「ここでお話しますか?あるいはお出かけに?」


池田光子は、深く頭を下げた。

「お昼時にごめんなさいね」

「圭太さんが、納得してくれるなら、できれば別の場所で」


圭太は、「池田華代」のことと察知した。

「もはや関係がない、お断りするべき」と思ったけれど、それでは専務高橋美津子の顏も、つぶすと判断した。

それと、勤め始めたばかりの銀座監査法人で、トラブルを起こしたくなかった。

「わかりました」と、その申し出を受けた。


銀座監査法人の玄関前には、迎えの車、黒塗りのレクサスが停まっていた。

運転手が降りて来て、後部座席のドアを開けた。

池田商事会長付の運転手ではないので、池田家付きの運転手。

(圭太には、どうでもいいことだったけれど)


池田光子と一緒に乗り込むため、レクサスに向かって歩き出そうとする圭太に、高橋美津子が声をかけた。

「何があっても、私は圭太君を守りますよ」

「全て、圭太君の判断に委ねます」


その時点での圭太には、高橋美津子の言葉の意味が、理解できなかった。

頭の中を様々に回転させながら、レクサスに乗り込んだ。


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