第74話圭太の理屈を、由紀が打ち砕く
「ありがとう」
下を向いていた圭太は、少しして、顔を上げた。
ただ、表情は、いつもの冷ややかではない。
素直な、真摯な表情である。
圭太は続けた。
「由紀さんの気持ちに・・・」
「と言うより、説明しないとわからない」
由紀は、圭太の真摯な顔とやさしい語り口に、ホッとする。
「はい、聞きます」
「何でも、おっしゃってください」
圭太は、その表情を変えずに、少し頭を下げた。
「この店では、申し訳ないが言いたくなくて」
「別の、落ちつける場所でいいかな」
由紀は、納得した。
確かに、銀座の昼時の食事場所。
あまり長い時間、個室を占領するべきではないと思う。
それと、「説明」は、圭太にとって「深い」問題であることも、察知した。
「わかりました、圭太さんにお任せします」
二人は、日本料理店を出て、そのまま、帰社した。
専務高橋美津子にチョコレートを渡し、覆面調査を簡略に報告。
また、監査チーム内でも、同じ報告を済ませ、業務終了となった。
銀座監査法人を一緒に出て、圭太は由紀に声をかけた。
「ゆっくり、静かな場所がいいかな」
由紀は、即答。
「圭太さんの家にしてください」
「お店でなくても結構です」
圭太は、少し迷ったけれど納得した。
そのままの気持ちを伝えて、帰すだけ。
由紀が泣こうと、どうなろうと、時間が経てば解決する話と思った。
銀座監査法人から圭太のマンションまでは、圭太も由紀も、何も話をしなかった。
圭太自身、誰にも聞かせたくない話であるし、由紀は、胸がドキドキして声も出せない状態だったから。
圭太のマンションに入って、圭太はまず、紅茶を淹れ、由紀の前に。
由紀は、胸を抑えている。
圭太は、真摯に自分の気持ちを、そのままに語った。
由紀の気持ちは、本当にありがたく感じていること。
ただ、恋とか愛とか、進んで結婚の意思は、自分にはない。
その理由としては、既に両親がこの世の人ではないこと。
だから、普通の人がする結婚式は、不可能であること。
親代わりをしてくれるような親密な人もいないこと。
(母律子と池田家の関係は、恥ずかしくて言えなかった)
そこまで話して、圭太は由紀に頭を下げた。
「お気持ちは、本当にありがたい」
「でも、佐藤さんは、もっと立派な家柄の男性と結婚するべきと思う」
由紀の顏が、赤くなった。
「あの・・・圭太さん・・・」
涙もあふれている。
「それって・・・圭太さんの責任です?」
「圭太さん、何か悪いことしたんですか?」
「お父様とお母様が、圭太さんの結婚前にお亡くなりになった」
「それだから、圭太さんが結婚できない?」
由紀の声が大きくなった。
「そんなの関係ないです!」
「私が、圭太さんを好きなんです!」
「お父様もお母様も、関係ないです」
「反対されても、圭太さんが好きです」
「寝ぼけたこと言わないでください」
圭太は、由紀の勢いに、完全に押されている。
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