第72話圭太と由紀 それぞれの思い

圭太は、何故、佐藤由紀が迫って来るのか、理解していない。

その人懐こさは、認める。

笑顔は、時々「可愛い」と思うことがある。

怒り顔は意味不明。

何故怒っているのか、見当がつかない。

泣いた顔は、あまりにも不細工。

だから、泣かせたくない。

高校生の時の印象は、実は、ほとんどない。

映画研究部の下級生。

たくさんいた下級生女子の一人。

コロコロ丸々とした女の子の一人でしかなかった。


もっと、明るくて、たくましい男が由紀には合うと思う。

出来れば、探して紹介してあげたい、と思っているが、そんな男はいない。

ただ、圭太は、由紀の笑顔も怒り顔も泣き顔も、重い。

そもそも恋も愛も、そんな喜びは捨てている。

恋愛の対象として思われることなど、あり得ないことも自覚している。


この東京で銀座監査法人での仕事は、母の三回忌くらいまでにしたい。

それを済ませれば、月島のマンションも全て処分。

どこか、知り合いがいない田舎の経理事務所で働く、そんなことも考えている。



一方、佐藤由紀は、圭太が気になって仕方ない。

だから、圭太に「決めた」し、圭太以外の男は、考えられない。

時折、圭太が、不意に見せる「やさしさ」は、実に甘い御菓子。

心配して心配して・・・急にやさしい顔。

「悪魔のような圭太」と思うけれど、好きになってしまったのだから、仕方がない。

明るいだけの軽い男、楽しいだけの薄い男は、嫌い。

話をしたくもないし、そばに来られるのも嫌。

たくましさを自慢するマッチョ男も嫌い。

汗臭いだけ、自分優先で、実はガキのまま。


圭太は、仕事はキレ過ぎるほどできる人と思う。

監査で厳しい指摘も、平気でしている。

でも、必ず、その指摘した人に、改善策を言う。

悪意で指摘はしない人と思う。

池田商事時代の話は、専務高橋美津子から聞いた。

「入社3年で完璧に総務を仕切った、決算まで全て完璧に、監査人から褒められるほどに」

その話通りだった。

監査人として、どれだけすごい仕事をするのか、ずっと見ていたい。


目の前の圭太は、煮魚定食を、実にきれいに食べている。

「ねえ、圭太さん、そのお作法は?誰に?」

圭太は、丸い目。

「作法ねえ・・・母親かな」

「誰でも、そうと思うよ」

由紀は、その丸い目が面白い。

「圭太さんの、そういう目、好きですよ」

「なんか・・・可愛い」

圭太は、苦笑。

「大人をからかわない」

「人のことを言う前に」

由紀は、自分の作法が、「イマイチ」と見られたことが恥ずかしい。

「見とれてしまいましたので」と、弱い言い訳。


圭太は微妙な言い回し。

「君もいつか、仮に、そういう立場になった場合に」

由紀は、その圭太が面白い。

「仮に・・・はセクハラへの備えです?」


圭太は慎重。

「一般論、まあ、仮に」

由紀は、突っ込みたくなった。

「仮に、圭太さんと私が結婚して、子供が出来たら?」


圭太は、表情を変えない。

「ありえないことは、気にしない」

「論理が飛躍し過ぎるのでは?」

と、お茶を飲む。


由紀は、めげなかった。

「圭太さん、ありえないとは、言い切れませんよ」

「それと、論理は飛躍もないです、根拠も言いましょうか?」


由紀は、姿勢をまっすぐに、圭太の目を見つめている。

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