第71話主治医の意見 光子の思い
築地の病院で、池田光子は姑池田華代の状態について、主治医から説明を受けている。
主治医
「ガンの、かなりな激痛と思われますので、鎮痛薬も最高レベルです」
「もし、それを止めれば、今日中にも危険な状況に」
「ただ、意識だけは、まだ持ちます」
「鎮痛薬の副作用で、お辛いと思うのですが」
池田光子も、聞いていて辛い。
「もともと、苦しみに耐えて来た人なので・・・」
「おそらく、まだ心残りがあると思います」
「どうしても・・・これだけはと」
(光子は、華代の孫の圭太に逢いたい気持ちが、その命を支えていると思っている)
(辛い思いをさせられた池田家の存続や、池田商事の未来以上に)
主治医は窓から隅田川を見た。
「難しいところですねえ・・・」
「鎮痛薬にも限度があって・・・強過ぎて、危険な場合も発生します」
「ただ、その心残りを果たすと、あっけなくもありますし」
池田光子は主治医に頭を下げた。
「もう、私からは、何ともお答えできません」
「主人と、相談して、また返事をさせていただきます」
池田光子は主治医との話を、終えた。
姑池田華代の病室には、再び寄らなかった。
そのまま、杉並の屋敷に戻った。
夫池田聡が帰るまでの時間、池田光子は圭太のことを思った。
「池田にとっては、唯一の血筋か」
「でも、出されてしまった律子さんの子」
「池田商事に就職していたことは、後で聞いて驚いた」
「仕事は、優秀と聞いて、複雑のような、うれしいような」
「でも、律子さんの病気を言えずに、人事異動を拒否して退職」
「それは、池田商事の、聡さんの、あまりにも酷い、無神経な把握不足」
「いくらなんでも、律子さんを一人で看取って、一人で葬式なんて・・・」
「律子さんも、圭太君も、どれだけ寂しかったのかな」
「その話を聞いたお母様も」
「またしても池田は、取り返しのつかないことを・・・」
実は、池田光子は、圭太の母律子に、5年前に逢ったことがある。
姑の華代に聞いて、どうしても逢いたくなった。
逢ったのは、律子の月島のマンション。
圭太は、大学の授業でいなかった。
その時の会話は、今でも、しっかり覚えている。
律子は、ほんとうにやさしい顔と声。
「よく来てくれましたね」
光子
「本当は、お姉様に戻って欲しいんです、圭太君を連れて」
「私は、子供が出来ませんでした、ごめんなさい」
律子はやさしい顔のまま。
「謝ることないよ、それは貴方だけの責任ではないもの」
「でも、戻れないよ、私は」
「それが私の運命」
「里中の家でも可愛がってもらって、田中に嫁いでも、幸せだったから」
池田に戻る話は、それ以上は難しかった。
世間話に終始してしまった。
その中でも、律子のやさしさ、大きさは、好きになった。
もっと話を、いつまでもしていたい、そんなやさしさだった。
しかし、そのやさしい義姉、律子はこの世にはいない。
光子は、圭太に逢いたくなった。
圭太に、どんな顔をして逢っていいのか、それもわからないけれど。
でも、姑華代の気持ちも、大事にしたい。
光子は、華代にも聡にも黙って、圭太を遠目でも見て来ようと、心に決めた。
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