恋など捨て、愛にも生きず

第69話高級食品スーパー覆面調査

圭太と由紀は、次の監査対象である、高級食品スーパーに「覆面調査」として入った。

商品の陳列の仕方、価格設定、清掃状態、店員の接客を確認しながらチョコレートも買った。

（圭太は、調理室にできるだけ接近した）

そして、スーパーの裏の清掃状態も、確認する。

そこまで終わって、圭太は由紀の顏を見た。

「お昼が気になってしかたがない？」

由紀は、グイッと圭太と腕を組む。

「さあ・・・どこへ？」

圭太は、由紀の腕力が重い。

「いつまで恋人風なの？」

由紀は、それでも圭太の腕を離さない。

「これは専務命令ですから、ずっとです」

圭太は、懸命に反論する。

「専務命令とすれば、食品スーパー店内だけでは？」

「専務に確認してみましょうか？」

しかし、由紀は強硬だった。

「うるさいです、圭太さん」

「ゴチャゴチャ言うと、蹴飛ばします」

圭太は、結果として、由紀に負けた。

人通りの多い銀座である。

恥ずかしいことは、したくない。

由紀と腕を組んだまま、個室のある和食店に入った。

圭太は、いつもの冷ややかな顔に戻っている。

「監査人の会話は、どこで誰が聞いているかわからないので、慎重に願います」

由紀は、ニンマリとして、圭太に反論。

「何か秘密を漏らすようなことを言いました？言いませんよね」

圭太は、答えない。

「何を食べたいの？」

由紀は、テーブルの下から、圭太の足を軽く蹴った。

「そうですね、私、天ぷら定食にします」

「ここ、銀座の天ぷらの名店ですよね」

圭太が選んだのは、煮魚の定食。

これにも由紀は反応。

「煮魚好きなんです？」

圭太は、素直に答えた。

「うん、落ち着くから」

「子供の頃、一家で来た」

「すごく美味しくてね、ここの煮魚」

由紀は、胸がドキンと鳴った。

「それは・・・うん・・・」しか言えない。

少し下を向いた圭太は、亡くなった両親を思っている。

それを感じると、とても入り込めない。

幼稚な反発をして、圭太の足を蹴った自分が、実に恥ずかしい。

圭太が上を向いた。

「どう思った？」

由紀は、焦った。

おそらく食品スーパーの話、でも、圭太と買い物をするのがうれしくて、よく見ていない。

「普通かな」と、ボケた返事。

圭太が、由紀に聞いた。

「何か・・・昔より、落ちた」

「それ、わかる？」

由紀は、答えられない。

「うーん・・・」

圭太は、スラスラと話す。

「商品の陳列も、昔のほうが整然としていて、買い物もしやすかった」

「大安売りのシールも、イマイチ下品」

「高級スーパーなんだから、値段は少々張っても、確かなものがいい」

「ところが、商品そのものも、実はワンランク下げていて、それなのに価格設定は高い、今までと変えていない、顧客騙しの商売」

「同じ商品でも、製造地で、実はランクが違う」

「ベルギー産と言いながら、実質は東南アジアで、ほとんど作っているとか」

「まあ・・・元池田商事だから、わかる」

由紀は、ただ聴くばかりになってしまった。