第65話由紀は圭太を離さない

佐藤由紀が自信を無くすほどに、今日も圭太は冷ややかな顔。

「おはようございます」と笑顔で挨拶をしても、いつもの小さな声で「おはようございます」と返して来るだけ。

その目は、次の監査対象の高級食品スーパーの決算資料しか、見ていない。


「何のために、私の家で夕食を?」と思うけれど、仕事中である。

余計なことは言えず、圭太からも何も声かけはない。

それどころか、監査の佐藤主任と決算の数値について議論を始めているので、全く由紀は会話ができず、午前中を終えてしまった。


それでも、昼には、声かけのチャンスが発生した。

「圭太さん、お昼は、どうなされます?」

由紀は、何度もフラれているので、実にドキドキした。


圭太の返事は意外なもの。

「出かけます」

しかし、それでは「食事」の意味かどうか、わからない。


由紀は粘った。

「あの、昼食です、それを聞いたんです」


圭太は、目を丸くした。

「昼食が、どうかしたんですか?」

全く意味不明の様子。(由紀は、そもそも食べる意思がない、と判断した)


仕方ないので、「一緒に食べましょう」と迫った。

(内心、ここまで言わないとわからない?とムカついている)


圭太の返事は、由紀のお願いとは、違った。

「監査対象のスーパーを、覆面で見て来ます」

「それをしながら、腹が減ったら何か食べるかなあと」

「主任にも外出許可を貰いました」


次の瞬間だった。

由紀は、部屋を出て行こうとする佐藤主任にダッシュ。

「あの!主任!私も圭太さんと、現地視察で外出します!」

佐藤主任は、プッと吹く。

「はい、おまかせしますよ」


圭太は、そんな由紀に「重さ」を感じた。

「結局、何か食わせないと、文句言うだろうな」

「あいつは食べ物のことしか言わん」

「何を食わせる?昼食時に並ぶのは嫌だ」


由紀は、圭太の前に戻って来た。

「さあ!圭太さん!行きましょう!」


その顔は、実に輝いている。

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