第64話圭太は「憐れみ」の対象であることを自覚する。

圭太は、反省していた。

佐藤由紀の母芳子が、自分の母律子の若い時からの友人とはいえ、「個人的に過ぎること」を話し過ぎたのではないかと。

佐藤芳子を潤ませたことは、実に申し訳ないと思った。

母律子の健康上の問題に加えて、圭太自身の健康管理の至らなさは、とても褒められることではなく、憐れみを誘うだけに過ぎないのだから。


四月になったとはいえ、夜の風は冷たい。

熱燗でも飲みたい、と思うけれど、まだ四十九日の法事も済ませていない、喪中が気になる。

そこまで気にしなくてもいい、とも思う。

金満でしかない欲ボケ坊主の教えのために、何故、身を慎まなければならないのか、それがよくわからない。

「結局、寺や坊主は何のために?」と思うが、要するに宗教産業であって、集金産業としか思えない。(それも他人の死につけこんで、儲けるだけ、金を巻き上げるだけ)(人の悩みや苦しみなどは因業と言い切り、結局何も、誰も救わない)


佐藤由紀の家から歩いて、寒気を感じながら、月島商店街が見えて来た。

「食べた気が全くしない」

圭太は、実際由紀がよそってくれた一杯分を食べただけ。

「そんなに食べる習慣がない」と頭を下げた。

味噌汁も、ご飯も遠慮して、世間話だけを合わせた。

一時間で帰ったのも、それぐらいが適当と考えたから。

お呼ばれして30分で帰るのも失礼。

一時間を越えるのも、しつこ過ぎて迷惑と考えた。


ただ、月島商店街を歩いても、入りたい店が何もない。

もんじゃ焼きは、好きでない。

中華も寿司も、洋食もあるけれど、そもそも食べ切る自信がない。


そんなことを思っていると、胃が痛くなった。

キリキリと痛む感じ。

薬局が開いていたので、胃薬を買った。

「デザートは胃薬か」と思うと、情けなくなる。

それでも、胃薬しか、体内に入らないのだから、しかたがない。


マンションに入り、胃薬を飲み、風呂や洗濯を済ませ、ソファに座った。

スマホを見ると、佐藤由紀からのメッセージ。

「今夜はありがとうございました」

「来てくれてうれしかったです」

「両親も、喜んでいました」

「また来てください」


圭太は、シンプルに返す。

「こちらこそ、美味しい料理を、ありがとうございました」

「ご両親にも、よろしくお伝えください」


他の文言は浮かばなかった。

もう、二度と行かない、と圭太は決めた。


佐藤由紀は、まじめな女と思う。

でも、恋愛の対象にはならない。

と言うより、圭太自身が、恋愛をしてはならないと、自覚している。

「そもそも地味で、立派な両親も親戚も、この世にいない男」

「それを知れば、どんな女でも、敬遠するのが当然」


できれば、佐藤由紀には、まともな男と幸せな恋愛をして欲しい、と思う。

今日のことは、忘れるべき、単なる「憐れみ」の対象になったと、理解している。

「また来てください」は、単に社交辞令。

あるいは、「憐れみたい」、佐藤家の自己満足のため。


それでも、喉がかわいたので、水を飲み、「カロリー超過?」と思ったけれど、エネルギーゼリーを飲む。


ベッドに転がりこんで、少ししたら、眠くなった。

圭太は、あっと言う間に眠りの世界の住人と化した。


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