第63話圭太の心には、氷の風が吹く

圭太は、滞在時間約一時間で、佐藤家を辞した。

鍋料理は美味しかった。

話題は、世間話に終始した。(あまり母の話はしたくなかった)(世間話そのものは、順調に進んだ)

見送りも、佐藤由紀の両親が玄関にまで出た。

父保はやさしい笑顔。(圭太は話を通じて、度量の大きな人と、評価した)

「楽しかった、圭太君、また、いらっしゃい」

母芳子は、涙ぐむ。(涙もろい人、信頼できる人と思った)

「本当に、律子さんのためにも、もっと食べてね」


佐藤由紀は、家を出てもついて来た。

「圭太さん、無理言ってごめんなさい」

「あまり食べなかったね、美味しくなかったの?」


圭太は、首を横に振る。

「美味しかった、でも、食物を食べる力が、まだ弱い」

「ほぼ、摂食障害かな」

「少しずつ改善する、急には難しいようだ」


交差点が近くなったところで、佐藤由紀は涙が出て来た。

「あの・・・帰したくないんですけど・・・」(本音が出てしまった)

圭太は笑った。

「明日も仕事、嫌でも顏を合わす」

佐藤由紀は、背筋が寒くなった。

「・・・嫌なんですか?」

圭太は、佐藤由紀の頭を撫でた。

「あのね、言葉尻で反応しない」

「嫌なら、お呼ばれしない」

「お父さんもお母さんも、いい人だね」

佐藤由紀は、うれしいような悔しいような感じ。

「私より母さんと話が合っていたし・・・」

「父さんとも上手に合わせて・・・父さん気難しいのに」

圭太は、横を向く。

「それは人生経験の差だよ、由紀さん」

由紀は、圭太にまた文句。

「その、さん付けはいりません」

「由紀にしてって言ったでしょ?」

圭太は、信号が青になったので、手をヒラヒラと。

「おやすみ、由紀・・・お嬢様」と、スタスタと由紀の前から姿を消した。


由紀が、寂しそうな顔で家に戻ると、母芳子に呼ばれた。

「由紀、やはり圭太君がいい」

「私、圭太君が好き」


由紀は、力なくソファに座った。

「でも、壁が高いし、厚い」

「やさしいけど・・・つかめない」

「ようやく後輩の女の子として、見てくれている程度」


母芳子

「それは、ずっと律子さんのことで、心を殺して来たから」

「だから、食も、すぐには戻らない」

「でも、圭太君の話は、心を打つよ、深い」

「決して裏切らない人だよ」


由紀は思ったことを、そのままに言う。

「決めたけど、不安」

「変なこと言う時あるし」

「恋にも愛にも生きないとか、生きているだけとか」


母芳子は涙ぐんだ。

「それも、律子さんの看病のため」

「誰も手伝ってくれない状況で、恋とか愛とか、している暇ない」

「それ以前に、食事をする余裕もなかったの」

「本当は、そこまでしなくてもいいのに」

「私も、役に立てなかった、こんなに近くに住んでいたのに」


母芳子の声が震えた。

「・・・圭太君は、一人きりになりたくなかった」

「でも、ついに一人きり・・・」

「心の中には、ずっと氷の風」


母芳子は、顏をクシャクシャにして泣き出してしまった。

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