第62話圭太は佐藤由紀の実家で泣かれる。

佐藤由紀の深川の実家では、由紀の母芳子と、父保が玄関に出て、圭太を迎えた。

圭太は、これには驚いたので、深く頭を下げた。

「田中圭太と申します、由紀さんには、監査法人で大変お世話になっております」

「それから、お母様の芳子さま、お久しぶりです」


圭太が、顏を上げると、母芳子の顏が潤んでいる。

「圭太君!」と、そのまま圭太の腕を取って、招き入れた。


廊下を歩く時も、圭太の腕を離さない。

「こんなに痩せて・・・」

「肉が何もないよ、律子さん、心配していますよ」

「ね、この家、律子さんも来たの」

「だから、安心して」

いろいろ潤んだ声で言って来る。

圭太は、押されて「はい」と言うばかり。


リビングには、鍋料理が準備されていた。


圭太は、ソファに案内された。

再び、頭を下げた。

「突然、お伺いして、申し訳ありません」

それでも、手土産を買って来たので、父保に渡す。(リーフ紅茶のセット)


父保は、やわらかな笑顔。

「いや、こちらから無理にお誘いした話」

「律子さんとは、妻が親友で」

「私も、いろいろ教えてもらいました」

「相続の時も、本当に親切に節税を教えてもらって、実に助かりました」

そして、顏を曇らせた。

「本当に・・・寂しいね・・・また、教わりたかった」


圭太は、借りてきた猫状態。

ただ、大人しく頷く。

それでも、冷酒を丁寧に注ぐ。


鍋は、下町らしい魚介鍋。

由紀が器用に圭太の取り皿に入れている。


母芳子が神妙な顔。

「由紀から話を聴きました」

「すごく痩せているとか、あまり食べないとか」

「だから、どうしても食べるところを見たかったの」

「それから、この前の、月島のおでん・・・申し訳なかった」

「由紀は、すぐに感情に走るから」


圭太は、ようやく笑顔。

「いえ・・・」

「楽しく仕事をさせてもらっています」

「気をつかってもらっていて、それは感じています」

「でも、食欲回復には、時間がかかっています」


圭太が、あまり食べられなくなった「事情」を話すと、全員の顔が変わった。


父保

「それは・・・神経を張り詰めて・・・だよね」

母芳子

「眠るのも、食べるのも・・・律子さんを心配して?」

「仕事の時も、休みの時も・・・」

由紀は、涙があふれて止まらない。

「ごめんなさい、圭太さん、そこまでなんて知らなかった」

「それなのに・・・私・・・ひどいこと言って」


圭太は、やわらかい顏を変えない。

「いえ、そういう運命かなと」

「母に孝行しきれなかったかなと、今も悩みます」


母芳子も泣いている。

「そんなことないよ、圭太君、自分を犠牲にして律子さんを心配し続けたの」

「天国で律子さんも、申し訳ないって、謝っていますよ、それが親の気持ち」


父保の目も潤んでいる。

「しっかり食べて、健康に、それが律子さんの願いだよ」


圭太は、そこまで言われて、ようやく取り皿の魚を口にした。

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