第58話圭太の疲れ 監査会議 佐藤由紀の強引

池田聡から、「飯でも食わないか」と誘われたが、圭太は断った。

一緒に食べる気もない、食欲もなかった。

池田聡は「母さんの病院に行く」と、素直に帰って行った。


送り出した後、圭太は疲れを感じた。


池田聡が、母の遺影を前に、長く泣いたこと。

四十九日のことを聞いて来たこと。

池田商事への勧誘。

しかも役員待遇は、ありえない、と嫌だった。

池田華代からの財産分与も、圭太にとっては、不要でどうでもいいことだった。

祖父と池田聡の関係は、初耳。

でも、そんなことも、今さら、どうでもいいことだ。


カーテンを開けて、暗闇の中の隅田川を見た。

「いつまで生きるかどうかもわからない」

「そんな俺が財産をもらっても、池田商事の役員になっても、意味が無い」

「親もいなければ、きょうだいもいない」

「その時点で、結婚は無理」

「誰も、俺を恋愛相手とも、結婚相手と認めることはあり得ない」


いつも考えていることに戻った時点で、冷蔵庫を開けて、エネルギーゼリーを飲む。

美味しくはない。

そうかと言って、普通の人が食べる「一食分」を食べきれる自信も、今は無い。

「食材は無駄にしたくない、するべきではない」と思うし、「残したら調理してくれた人に申し訳ない」と思う。


圭太はPCを立ち上げた。

「これからも、美味しくないけれど、エネルギーゼリーの生活」

「一人で料理をするのも、後片付けも面倒」

と思ったので、ネットで2ケースの注文を済ます。


そのまま、食べ物の確保に安心したので、圭太は眠った。

(それ以上に、池田聡との話で、疲れていた)


翌日は、定刻に銀座監査法人に出社。

次の監査対象になる大手食品スーパーへの監査方針、手続きの確認の会議に出席した。

チーフの久保田が、圭太の顏を見ながら説明をする。

「次も現物在庫と帳簿在庫の確認をしっかりと」

「それと、賞味期限の問題」

「納入業者に不当な圧力があるかないか」

「労働時間管理」


圭太は、黙って聞く。

他の監査士もいろいろ意見を言うので、じっと聞く。

圭太も意見を求められた。

だから、誰も言っていないことを探して発言。

「警備のビデオも、全部揃っているか、確認します」

「抜けていれば、不祥事のリスクもありますので」

「それから、店内の調理場所、店員の休憩所も、少し見ます」

「案外、不潔な場合もあります」

「その休憩所から食中毒が発生したスーパーも過去にあります」

「保健所の指摘の前に、食中毒が発生する前に、改善する必要があれば、指摘するべきかと」


会議は午前中に終わった。

佐藤由紀が、声を掛けて来た。

「お昼をご一緒しませんか?」


圭太は、返事に苦慮した。

「食べる習慣が無くて、今も食欲が無いので」

「佐藤さんは、ご自由に」


しかし、佐藤由紀は、強引だった。

「ダメです、そんなことでは」

無理やりに、圭太の腕を引く。

「行きますよ、圭太さん」

「ほら!立って!」


圭太は、立ち上がるしかなかった。

「どこに?」

佐藤由紀は、にっこり。

「大盛り炒飯の店です!完食するまで許しません!」


圭太は、その笑顔だけで、満腹になっている。

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