第56話圭太と池田聡③

圭太の頭の中は、再び、グルグルと回転をはじめた。

「里中の寛治じいさんか・・・あるいは田中の圭三じいさんか」

「里中が大蔵省で、田中が銀行」

「どちらも、金に関係している」


そこから、池田聡の話を聴くべきか、どうかも、考える。

「じいさんと関係がどうあれ、法的には無関係」

「聴く聴かないは、俺の自由のはず」

「下手に聴くと、情が移る、それはしたくない」


圭太は、首を横に振った。

「会長と、じいさんとの関係は、僕には、どうでもいいこと」

「縛られる理由は何もありません」

「ですから、会長の記憶の中に」



池田聡は、粘った。

「恥を忍んで話す、聞くだけ聞いてくれ」


池田聡が、苦し気に語ったのは、圭太の父方の祖父田中圭三に助けられた話だった。


要約すれば

池田聡は、35年前、圭太の祖父田中圭三(元銀行の支店長)に、余剰在庫の処分先を手配してもらった。

そもそも、池田聡自身の誤発注で、売りさばけなければ、池田商事は倒産していた。

だから、助けられたのは、池田聡であり、感謝しているのも池田聡になる。


圭太は、表情を変えない。

「祖父とは、話をしたこともありませんが」

「おそらく、銀行の支店長としても、焦げ付きを避けただけでしょう」

「だから、助けるも助けないもない、銀行支店長として、当然かと」


池田聡は、涙ぐむ。

「いや、人情味あふれる、素晴らしい支店長で」

「あの時は、本当に助かった」

「俺も、首を吊ろうと思っていたから」


圭太は、池田聡の涙には付き合わない。

「あくまでも祖父と会長とのこと」

「あるいは、当時の銀行支店長と会長とのこと」

「私にまで、お心を掛ける必要はありません」



池田聡は、頷いた。

「申し訳ない」

「ただ、俺は、圭太君を失いたくないのが本音」

「今すぐでなくてもいい」

「いつかは、頼む」


圭太が答えないでいると、鞄から一通の封書を取り出し、圭太に渡す。

「母の華代からです」

「開けて欲しい」


圭太は、慎重に封を切った。

確かに、池田華代の字。

いつもの時候の挨拶に始まり、圭太への心配、母律子のこと、様々に書かれている。

ただ、最後の紙で、信じられない文面に変わった。

「律子に渡そうと思っていた財産を圭太君に」

「杉並の土地、建物」

「預金、池田商事の株券」


池田聡は驚く圭太の顏を見て頷く。

「母の願いだ」

「聞いてあげて欲しい」

「俺も是非、そうしてもらいたい」


圭太は困惑した。

とても、多過ぎるし、もらう理由がわからない。


だから、はっきりと、断りの意思。

「母律子は、池田華代様からの援助を断り続けていました」

「ですから、私も、もらう理由がないのです」

「この財産は、もっと必要で、活用ができる人に」


圭太は、すぐに冷静に戻っている。

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