第55話圭太と池田聡②

圭太は、ゆっくり冷静に話す。

「母の里中家は、母以外に子はなく、絶えました」

「田中家も、私には、結婚する気がないので、絶えます」

「だから、母も、私も、無縁になります」


池田聡は、苦し気な顔で、首を横に振った。

「俺にも子はできなかった」

「だから、池田家も跡継ぎはいない」


圭太は、池田家については、どうでもよかった。

そもそも、母を捨てた家など、栄えようが滅びようが、自分には何もできない。

だから、

「それが、どうかしましたか?」

と、切り捨てた。


池田聡は、苦し気な顔のまま、圭太を見た。

「君にも、申し訳ないことをした」

「まさか、姉さんが急にそんなことになるとは」

「相談のできない同僚も情けないが」

「それを把握できていない俺も経営者失格だ」


圭太は、返事に苦慮した。

池田聡の「経営能力」そのものに、不満があったわけではない。

総務に母のことを相談しなかったのは、「個人的なことを言うべきではない」と考えていたから。

ただ、それを黙っていると、「肯定」と受け取られるのも、よくないと思った。


「会長や、総務に文句があったわけではありません」

「あくまでも、会長の命令人事に背くしかなかったので、責任を取って辞めただけです」

と、今までの決まり文句を口に出す。


池田聡は、ようやく本題に入った。

「どうしても話したいことは二つあった」


圭太は「はい」と答え、池田聡の言葉を待つ。

池田聡が真顔に戻った。

「姉さんの法事の件、これは弟として、どうしても知りたかった」


圭太は、反応をしなかった。

もし、法事に出席して来ても、「儀礼的」に対応するだけと決めた。


池田聡

「もう一つは」

少し間があった。

「いつかは、戻って欲しい」

「できれば、役員として迎えたい」


圭太は、即座に否定した。

「ありえません」

「監査法人にも、何時まで残るのか、決めていませんので」


池田聡の表情が変わった。

「かなりな高給と聞く、不満があるのか?」

「我々も、圭太君を再び迎える時は、遜色のない、それ以上の報酬をと思っていたが」


圭太は、冷静。

「もう、自分しかいないんです」

「養う人もいません」

「ある程度の法事が終わったら、東京を出て、どこかで、のん気に暮らそうかと」

「お金は、特に欲しくなくて、普通に暮らしていければいい」

「無くなったら死ねばいい」


池田聡の顏が厳しくなった。

「そんなことを言ったら・・・」

「言わせたら、俺は、君のじいさんに申し訳が立たない」


圭太は、また返事に困った。

「祖父をご存知なので?」


池田聡は、深く頷いている。

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