第52話圭太は月島に戻る 池田商事からの電話

圭太は、昼過ぎに月島のマンションに着いた。

山深い丹沢と、隅田川沿いの月島、約2時間の電車で、これほどの雰囲気の違いに、何とも言えないため息をつく。

明日からの監査業務も、また重い。

「細かな数字、人の仕事のアラ探し・・・」

転職してしまった以上仕方がないが、楽しい仕事でもないし、気が進むものではない。


昼食は、まだ食べていない。

ただ、腹は減っている。

難しいのは、日曜日の月島の昼時ということ。

商店街に出れば、「もんじゃ焼き」目当ての、観光客もいる。


圭太自身、もんじゃ焼きを好きではない。

食べたことはあるが、食事として食べる類のものではない、と思っている。

「せいぜい、子供の食べる、おやつ程度」としか、思っていない。

それを、観光客までが食べに来るのだから。不思議を通り越して、馬鹿げているとしか思えない。


「あの、子供が食べる駄菓子程度が千円以上?」

「どこまで日本人は、マスコミに流されるのか」

圭太自身、月島を含めて、もんじゃ焼きブームはマスコミの仕掛けの結果としか思えない。

だから、もしマスコミがそんな仕掛けをしなかったら、もんじゃ焼きブームも、あるいは、もんじゃ焼きそのものも、消えてなくなったと思っている。


ただ、いつまでも、もんじゃ焼きを考えていても仕方がない。

腹は減っているので、ひとまず月島商店街に出た。

少々、混雑していたので、佃島に歩いた。

都合がいいことに、中華料理の店があったので、そのまま入る。


頼んだのは、青椒肉絲とご飯。(ご飯は少なめにしてもらった)

味付けは、普通の美味さ。

ピーマンの歯応えが、食をそそる。

ようやく、普通に食べられるようになった、と自己満足に浸る。


食事を終えて、外に出ると、ふんわりとした春の風。

佃大橋を渡ろうか、そんな気分になるが、満腹感から眠くなった。

圭太は、結局、地味な男である。

そのまま、マンションに戻り、昼寝でもしようと、歩き出す。


圭太が月島商店街に入り掛けた時だった。

スマホが鳴った。

手に取ると、池田商事の総務部長吉田満の名前が表示されている。


圭太は、怪訝な思いで、電話に出た。

「田中です、何の御用でしょうか?」


総務部長吉田満は、低い声、丁寧な口調。

「田中君・・・お休みのところ、しかも突然、申し訳ありません」

「今は、お話しても、よろしいでしょうか?」


圭太は戸惑った。

既に退社手続きも完了したのに、何の話があるのかと。

「大丈夫ですが・・・何事ですか?」

圭太の口調のほうが、強めになった。


総務部長吉田満は、さらに丁寧。

「会長が、話をしたいとのことなので」


圭太は、頭をグルグルと回転させる。

「会長は、俺のアドレスを知らない」

「だから、総務部長の電話か・・・」

「しかし、日曜日だ」

「とすると、総務部長は会長の家?あるいは他の場所?」


その他の場所で、築地の「池田華代の入院する病院」が浮かんだ。

ただ、圭太は、慌てなかった。

そもそも、実の祖母らしいが、戸籍上は、何ら関係がない。

死のうが生きようが、圭太には無関係の人なのだから。


圭太は、ゆっくりとした口調。

「わかりました、かまいません」


ただ、会長池田聡から何を言われようと、「無関係」を貫く意思を固めている。

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