第51話丹沢温泉④
翌朝6時、圭太は、ごく自然に目覚めた。
今まで長く続いていた「無理やり感」はない。
そのまま、朝風呂に入った。
昨日よりは、湯が肌になじむ感じ。
丹沢の、何でもない山々を見ながら、いろいろ考える。
女将のマッサージを受けて、そのまま眠ってしまったこと。
いろんな意味で、敏感に過ぎていた疲れが出たと思う。
(そうかといって、完全に疲れが取れたとは言えないが)
寝汗も、かなり、かいていた。
喉の渇きも感じるが、温泉につかっていたい気持ちが勝る。
都内での生活は考えたくない。
できれば、この地で、何でもない暮らしができたら、どれほど気楽か、と思う。
「誰も知る人がいない地で、まっさらな生活」をしたくて、仕方がない。
そもそも、遅かれ早かれ、無縁仏になるしかないのが、決まりの人生。
それ以外の人生となれば、誰かと結婚して、家庭を持つことになる。
圭太は、大きく首を横に振った。
「すでに両親も親戚も誰もいない俺だ」
「恋愛も、結婚も望むべきではない」
「相手に迷惑だ」
「そんなものは、いらない」
「ただ、生きているだけにする」
「死んだら、役所に処理してもらう」
「それで、充分だ」
そこまで考えたら、喉の渇きが限界になった。
脱衣場で、今朝は珈琲牛乳を飲む。
その甘味と、微妙なほろ苦さが、実に美味い。
「こんなことで、実に幸せではないか」
「安上がりの人間には、安上がりの幸せが似合う」
汗は、大型扇風機にあたって、おさまった。
着替えて、ロビーの前を通ると、女将に声をかけられた。
「おはようございます、田中様」
「寝顔が、とても素敵でした」
「かなり、コリも強かった」
「お疲れでしたね」
圭太は、珍しく赤面した。
「あ・・・いや、ありがとうございました」
「お蔭様で、かなり楽になりました」
女将は、やわらかな笑顔。
「朝食会場にご案内します」
圭太は、そのまま朝食会場に入った。
中には、数人の泊り客。
この、ひっそり感が、落ち着く。
予想通り、和食だった。
アジの干物、海苔のつくだ煮、玉子焼き、味噌汁、漬物。
圭太は、ほぼ完食。
午前9時半まで、部屋でくつろいで、チェックアウト。
女将の見送りを受けた。
「また、お越しください、お待ちしております」
圭太が頷いていると、小料理屋の由美も顏を出した、
セーターに着替えているので、若く見える。
「美味しかった」
「ありがとうございました」
圭太は、久々に本物の笑顔だった。
ただ、帰りの小田急線に乗ってからは、都内に戻りたくないので、憂鬱顏が復活している。
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