第53話池田商事会長池田聡の懇願

少し間があった。

通話の相手が、池田商事会長の池田聡に変わった。

「池田聡です、お久しぶりです」


予想外の丁寧な言葉に、圭太は、慎重に応じた。

「田中圭太です」

「池田商事の時は、大変お世話になりました」


池田聡は、さらに丁重な言葉。

「忙しいでしょうが、一度お会いして、どうしても伝えたいことと・・・渡したいものもあるので、時間を取ってもらえないでしょうか?」


圭太も、慎重を貫く。

「そもそも、お逢いする必要があるのか、ないのかも、わかりません」

「池田様のご事情もあるかとは、ご察し致しますが」

「私は、池田商事を退社した身分」

「その時点で、関係は切れております」


母と「池田華代」との関係が、頭をよぎったが、ここでは話さない。


池田聡は、苦しげな声。

「いろいろと、申し訳ないことをし続けて・・・」

「しかも、圭太君のお母様のことも」

「実に情けなくて・・・心がかきむしられるようで」


圭太は、母のことが話題になったので、気分を悪くした。

「母のことを、知っておられるかどうか」

「知っておられても、今さらです」

「もともと、縁がなかった」

「と言うよりは、母は、縁を切られた」

「母は、何も言わなかった」


池田家との関係は、母の生存中は、何も聞いていない。

圭太が知ったのは、池田華代からの、母の死後の手紙でしかない。


圭太は、声を低くした。

「犬の子や、猫の子のように、母は池田家に認められず、里子に出され」

「どんな思いで生き、どんな思いで死んだのか」

「だから、今さら、関係を持つべきではないと」

「それが、私の考えです」


池田聡の声は湿った。

「本当に申し訳ない」

「どうしても、逢って話したい、渡したいものがある」

「それと、お願いもある」

「圭太君の気持ちも・・・それは理解できます」

「でも・・・どうしても、なんです」


圭太は、しばらく考えた。

そして結論を言った。

「わかりました」

「月島のマンションにお越しください」

「お話は聞きます」

「渡したい物は確認して、受け取れるものなら、受け取ります」

「それで、よろしいでしょうか」


圭太は、何があっても、断る意思を決めていた。

ただ、中堅とはいえ、池田商事会長の「顏」をつぶすのは、どうかと思った。


池田聡の声が潤んだ。

「わかりました」

「今、築地の病院におります」

「これから向かいますが、よろしいでしょうか」


圭太は端的な返事。

「わかりました、お待ちしております」


池田聡との電話を一旦終え、母の遺影に手を合わせた。

「ごめん、断るよ、でも話は聞く」

遺影の母も、目が潤んでいるような気がした。

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