第30話由紀は、また圭太に煩悶する

メトロに乗っても、圭太は口を開かない。

佐藤由紀は、とにかく悔しいし、困惑している。

圭太に声を掛けて来た「きれいな人の絵里」に、「せめて私の紹介くらいはしてくれる」と思ったけれど、「完全無視」だったのだから。

その上、聞いたら、「言う必要が?あなたに何の関係が?」と、「氷」の声。

でも、「その絵里さん」は「圭太が好き」は、はっきりと、わかった。(そういうことを言える絵里に強いジェラシーを感じた)


しかし、もっと困惑する問題は、

『絵里さんだけではなくて、誰とも無理です』

『一人で生きて死にたいので』の言葉。(ゾッとするほど冷たい響きだった)


「圭太さん、何があったの?」

「何が、そこまで圭太さんを?」

押さえつけて聞き出したいほどになっているけれど、圭太は「能面氷顔」だ。

とにかく近寄りがたいほどの、氷の柱の雰囲気。


結局、何の話もしないで、有楽町線は月島についてしまった。

圭太は、無表情。

「では、また来週、よろしくご指導を」とだけ、ホームに降りて行く。


由紀は、自分でも「おかしい」と思った。(衝動的と思った)

「ねえ!待ってよ!」と、続いて降りてしまったのだから。


しかし、圭太は振り返らない。

逃げるように、足早に月島商店街を歩いて行く。


圭太のマンションが目の前に見えた時だった。

由紀は、涙声で叫んでしまった。

「あの!圭太さん!」


ようやく圭太は振り返った。

少し笑っている。

「一人で帰れないの?」

そのまま、ハンカチも出して来た。

由紀は、悔しいけれど、そのハンカチで涙を拭く。

「洗って返します」だけは、しっかりと言う。


圭太の声が、やわらかくなった。

「頼むよ、母さんの形見だから」


由紀は、耳まで赤くする。

「あの・・・寄っても?」


圭太は、首を横に振る。

「もう、夜は遅い」

「お嬢様はお帰りに」


由紀は、またムッとした。

「どうして、振り回すの?」

「氷になったり、やさしくしたり」


圭太は、やさしい顔のまま。

「ついて来たのは、佐藤由紀さんなのでは?」

「そもそも、何のために?」

「私にも、自由な時間が必要とは、思わないの?」


由紀は、圭太の言葉に、足が震えた。

「確かに・・・あの・・・」

「ごめんなさい・・・帰ります」


圭太は、通りかかったタクシーを停めて、由紀を乗せた。

「ゆっくりお休みに」


走り出したタクシーの中、由紀は、自己嫌悪に陥った。

「追いかけて、つき返された?」

「圭太さんの自由を奪ったのは私」

「絵里さんって人に嫉妬した」

「もう…自分がわからない」


そして、「あっ」と小さな声を出した。

「これ・・・危ないよ・・・眠れなくなる」


由紀は、身体の奥の変化にも気がついていた。

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