第31話圭太の苦しみ 高橋美津子の涙

情けない気分だった。

圭太は、喪中の禁を破って、コニャックを口に含んだ。

「絵里さんには、悪いことをした」


池田商事時代、佐藤絵里に悪い感情はなかった。

むしろ、佐藤絵里には、安心して仕事をまかせられた。(山本美紀はミスが多過ぎて、実際呆れ果てていたから)

「仮に、家庭を持つとすれば、絵里さんみたいな人かな」そう思ったこともある。


しかし、それは、圭太自身、どう考えても「無理なこと」だった。

そもそも池田商事の社員は、立派な家の子息が多い。


「父親は既に死に、母親の命も風前の灯」

「親代わりになる人もいない」


それを考えると、結婚などする資格に欠ける。

そんな付き合いなど、カケラでも、相手に迷惑だ、としか思えなかったのである。


今日の佐藤絵里の「告白」は、聴いているだけで辛かった。

「それは無理だよ、絵里さん」

「君のために、それは好ましくない」

その理由も言おうと思ったけれど、言えなかった。


『絵里さんだけではなくて、誰とも無理です』

『一人で生きて死にたいので』

は、突然聞いたら、誰でも理解に苦しむ言葉と思った。


じっと見ている佐藤由紀は、「うるさい」と思っただけ。

何故、見て来るのか、理由もわからない。

単に高校の後輩、職場での同僚でしかない。


それなのに、駅を降りても、赤い顔で追いかけて来る。

「迷惑です」をほのめかして、ようやく帰った。


「何だよ、あいつ」

圭太は、コニャックをまた口に含む。

由紀の涙顔も怒り顔も笑顔も、頭から消し去りたいのが本音。


コニャックは、原液なので、弱っている胃には、実に辛い。

キリキリと痛むので、グラスはテーブルに置き、ベッドに転がりこんだ。


「ごめんな、母さん」

「こんな馬鹿息子で」

そうつぶやいたことまでは、覚えている。

しかし、疲れも限界だった。

圭太は、そのまま。眠ってしまった。



圭太が目覚めたのは、午前8時半ごろ。

掃除などをしていると、チャイムが鳴った。

インタフォンから、「高橋美津子です」との声。

ドアを開けると、確かに専務の高橋美津子が立っていた。

「律子さんにお線香を」

圭太は、頭を下げて招き入れた。


高橋美津子は、母の遺影を見て、激しく泣いた。

「律子さん、逢いたかった」

「辛かった?ねえ・・・」

「圭太君、頑張っている・・・ありがとう」

後は、言葉にならなかった。

概ね、10分泣いて、圭太が淹れたお茶を飲んだ。


高橋美津子は、涙顔のまま。

「ありがとう、圭太君」

「それから、手伝えなくて、ごめんなさい」


圭太は、頭を下げた。

「いえ、来ていただいて、母も喜んでおります」

「こちらこそ、ありがとうございます」


高橋美津子は、顔を赤らめた。

「公私混同かもしれない」

「でも、これからは、私を母と思ってね」

「圭太君の気持ちの整理がついてからでいいよ」


圭太は、静かに頭を下げている。


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