第29話佐藤絵里の告白と圭太の氷対応

佐藤絵里が圭太を見掛けたのは、数分前、圭太が連れの女性と老舗の洋食店を出た時だった。

「銀座監査法人に入ったら、早速彼女?」と思って、ショックを受けた。

大人げないとは、思ったけれど、悔しくて、後を追った。

圭太とは同期で池田商事に入った。

自分は入社当時から圭太に好意を寄せていたけれど、圭太とは仕事上の日常会話だけ。(それでも、本当に信頼がおける人なので、いつかは思いを伝えようと思っていた)(隣に座って話ができる山本美紀が憎らしかったほど)

だから、圭太が連れの女性と、二人して銀座一丁目の駅に消えるのが、どうしても許せなかった。


「佐藤絵里さん?」

圭太は、驚いた顔をしている。

しかし、すぐに頭を下げた。

「いろいろと申し訳ない、池田商事時代にはお世話になりました」


佐藤絵里は、目が潤んだ。

「いえ・・・こちらこそ・・・」

「本当に・・・」

「言って欲しかったです、お母様のこと」

「みんな、嘆いています」


圭太は、首を横に振る。

「いえ、それが運命かなと思っています」

「池田商事の皆様には、よろしくお伝えください」


佐藤絵里は、圭太に近寄り、真正面に立った。

「あの・・・それで、お願いがあります」


圭太は、意味不明な顔。

既に退社した池田商事に何をお願いされるのか、見当がつかない。


佐藤絵里

「せめて、お母様にお線香をと思っています」

「明日にでも、お伺いしたいと」


圭太は、また頭を下げた。

「明日は、申し訳ありません、予定があります」

「お気持ちだけで・・・母には伝えておきます」


佐藤絵里は、焦った。

このままでは、圭太は自分の前から姿を消す。

そして消したら、一生見ることが出来なくなるのでは、と。

また一歩圭太に近づいた。

「あの、圭太さん、もう一言・・・いいでしょうか」


圭太は、当惑し、言葉が出ない。


佐藤絵里の声が震え、上ずった。

「圭太さん、ずっと好きでした」

「あの・・・これからも好きです」

「本気ですよ、圭太さん」


圭太は、いつもの冷静な顔で頷いた。

「ありがとう、絵里さん」

「でも、どういっていいいのか」

少し間があった。


「ごめんなさい」

「絵里さんだけではなくて、誰とも無理です」

「一人で生きて死にたいので」


圭太は、ゆっくりと絵里に頭を下げ、駅に向かって歩き出した。

「様子」を見ていた由紀が、慌てて圭太を追う。


立ちすくんだまま涙に暮れる絵里の姿が見えなくなった時点で、由紀は圭太に問いただす。

「今の女性は?前の彼女さん?」


圭太は、しばらく答えない。

ようやく「言う必要が?あなたに何の関係が?」と返す。


「本当に、どこまで氷なんですか?」

由紀の声も震えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る