第22話佐藤由紀の煩悶

佐藤由紀は、田中圭太が気になって仕方がない。

部屋に戻って、日比谷高校時代の写真を見る。


「キリッとして、いい感じ」

「無口だった、でも、仕事ができる」

「実はやさしくて、安心できる人、よりかかりたくなる人」

「時々、少し笑う、それが好きだった」

「だから、隠れファンが多かった」

「無理やり迫って腕組んで、写真撮った」

「でも、それだけ」

「私は本気で、圭太さんは余興か」


佐藤由紀が「圭太が銀座監査法人に来ること」を聞いたのは、昨日の夜、専務高橋美津子からだった。

「由紀さんと同じ、日比谷高校なの、知り合いだったらいいけれど」

「事情があって、私の親友の息子さんで、田中圭太さんという人に入ってもらいます」

「公認会計士の資格があります、前職は池田商事」

「いいかな、指導してあげて欲しいの」


佐藤由紀は、「事情」は、どうでもよかった。

「はい、圭太さんなら」と二つ返事。

まさか、とは思ったけれど、憧れの圭太と仕事できることが、うれしかった。

だから、今日の朝は、ワクワクして、圭太を待った。


しかし・・・久々に見た田中圭太は、酷く痩せて、顔色も悪い。

その上、全くの他人行儀言葉の連続。

写真を見せつけて、ようやく、「あっ・・・」だ。

本当に腹が立ったけれど、「仕事」はできた。

数字の表面しか追えない自分とは、レベルの違いを初日から感じてしまった。

「実務面の経験から、帳票の数値を分析できる」のは、すごいと感じた。


だから、主任の久保田も、圭太を評価している。

「数値の本当の意味、生きた分析をしている」と褒めているのは、うれしいし、自分の実力のあやふやさも、反省した。(監査人とはいえ、マニュアルに沿った指摘をするだけ、それが実務感覚とは異なる、些細な指摘でしかないことが多い。経営や決算には、まるで無関係な指摘も多いのだ)


由紀は、そこまで考えて、頭が疲れた。

スマホの中の写真、自分と腕を組んで笑っている圭太を見た。

「ねえ、圭太さん」

「この写真の後、本物の彼女は?できたの?」

「言いなさいよ、聞きたいから」

「どうして笑っているの?」


そんなことをしながら、自分が恥ずかしくなった。

「まだ酔っているのかな・・・」

「お風呂入る」


廊下で、母芳子と顔を合わせた。

「由紀、何かあったの?」


由紀は、この鋭い母には弱い。

「うーん・・・」と間が抜けたリアクション。


母芳子は、じっと見て来るけれど、何を言っていいのかわからない。

そのまま、何とかやり過ごして、風呂に入った。


「もう少し欲しい」と胸を見る。

「おなかは・・・食べ過ぎのサイン」

「圭太さんに無視されてヤケ食いだ」

「足は・・・相変わらず短い」

「お尻は・・・鍛えよう」


「でも、誰のために?」


圭太の顔が浮かんだ。

由紀は、「おい!」と自分が信じられない。


「もっときれいな人もいるし・・・私なんて」

実際、銀座監査法人には、多くの監査チームがあるし、由紀が「負ける」と思う美人監査士も多い。


「でも、なんか、嫌だ」

もし、「美人監査士と圭太さんが笑っていたら・・・」


由紀は、想像もしたくない。

しかし、そもそも何故、そんな思いになるのか、自分でも、考えたくはない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る