第21話歓迎会の後で 佐藤由紀 そして山本美紀の涙声

肌寒かったので、圭太はタクシーを拾った。

タクシーに乗り込むなり、佐藤由紀に文句を言われた。

「圭太さんに、酔わされました」

「それと、口が短過ぎます」


圭太は、佐藤由紀の「絡み」には付き合わない。

「自己紹介」「ビールつぎ」「世間話」「日本酒をつぐ」

「歓迎会」をされる立場として、やるべきことは全てこなした、それ以上でも以下でもない、と思っているから。


「口が短い」は、「母の葬儀やら喪中のこと」と考えた。

しかし、あくまでも、個人的な事情なので、「個人的な」関係の薄い人に言うべきではない。

ただ、佐藤由紀の機嫌を損ねるのも、「監査の新人でもある」ので、得策ではない。


「大丈夫ですか?佐藤さん」

「ご自宅近くなったら教えてください」程度の、言葉をかけた。


二人とも、あまり喋らないまま、タクシーは深川に入った。

佐藤由紀が「あの標識で降ろしてください」と運転手に声をかけた。

タクシーは、その標識で停まったので、圭太は料金を払い、一緒に降りた。


佐藤由紀は、少し笑う。

「あら、やさしいような」

「自宅まで送ってくれるんですか?

「そんな面もあるんですね、意外です」


圭太は、冷静に返す。

「まず、佐藤さんの、酔いが回っています」

「足がふらついています」

「転ばれて怪我、明日休まれても、私も、監査業務にも、支障が発生します」

「その予防措置です」


佐藤由紀は、ふらつきながら、また文句。

「その冷たい言い方、気に入りません」

「高校生の頃は、もっとやさしかった」

「顔も明るくて、かっこよくて・・・憧れの圭太先輩」

「それが・・・まったく・・・」


圭太は、応えない。

ただ、佐藤由紀の「千鳥足」だけを見守るだけにした。


少し歩いて、佐藤由紀の実家に着いた。

佐藤由紀が「珈琲でも」と誘って来たが、圭太は断った。

「明日、またお逢いしますので、話なら、その時に」


圭太は、そのまま、背を向けて、月島まで歩き出した。

佐藤由紀の顔は、赤かった。

酔いが、相当回っている、としか思えなかった。

高校で同じ部活だった、だから、顔も少し覚えていた程度で、親しくはなかった。

憧れがどうのこうのも、圭太は、どうでもいい。

「佐藤由紀が勝手に言っていること」なので、やがて、そんな、あやふやなものは消え去るとしか思えない


月島を目指して歩いていると、スマホが鳴った。

池田商事の山本美紀だった。

「圭太さん・・・今、どこです?」

「どうしても、合わなくて・・・打ち間違えして、それが連鎖して・・・」


圭太は、教える必要はあるかな、と思ったけれど、教えるべきではないと思った。

「もう、別の会社で仕事をしている」

「それは、わかっているはず」

「コメントは出来かねる」


山本美紀は涙声。

「圭太さん・・・もう・・・嫌だ、こんな会社」

「このまま、帰りたい」


圭太は、涙声には弱い。

「訂正の仕方」を、「遠回し」に、示唆した。(圭太は、訂正マニュアルのページを覚えていた)


山本美紀の声が明るくなった。

「はい!ありがとうございます!そこのページ忘れていました!」


圭太は、応えず、スマホを切り、月島向かって歩き出す。

しかし、3月の下旬、頬に当たる風は、まだまだ冷たい。

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