第20話歓迎会にて
歓迎会は、銀座監査法人近くの、小料理屋。
今回の監査チーム7人に加えて会長杉村忠夫、専務高橋美津子が出席。
チーム主任久保田義人の紹介を受け、圭太は簡単な自己紹介だけをする。
「はじめまして、田中圭太です、不慣れですので、よろしくお願いします」
一応、全員にビールの酌をするけれど、圭太自身は、あまり飲まないし、食べない。
隣に座った佐藤由紀は、酒に弱いらしく、既に赤い顔になっているが、
「圭太さん、もっと飲んで食べてください」と迫る。
しかし、圭太は、軽く会釈するだけ。
途中で烏龍茶に切り替え、そのまま佐藤由紀から離れ、先輩監査士たちと世間話などに興じている。
専務の高橋美津子と会長杉村忠夫だけが、圭太の内心を察した。
高橋美津子
「まだまだ、律子さんの葬儀から日も経っていない」
「喪に服す気持ちが強いのかな、そんな感じ」
会長杉村忠夫
「監査中という事情も考えているようだ」
「飲み過ぎて明日の監査に支障があってはならない、そんなところかな」
主任の久保田義人は、圭太の仕事ぶりを、褒めた。
「速くて、正確」
「それと、目の付け所が、鋭い」
「やはり、実務に長けています」
「監査経験を積めば、実に頼もしい」
圭太は、先輩諸氏との雑談を終え、再び、佐藤由紀の隣に座る。
佐藤由紀は、また顔を赤くする。
しかし、相手にされていなかったことに、少々立腹している。
「案外、話好きなんですね」
圭太は烏龍茶を口に含む。
「そうとは言い切れません、でも、同じ監査チーム」
「話をして、お互いを知ることは必要かと思います」
ただ、多くの料理には、全く箸をつけない。
佐藤由紀は、それが不安になった。
「お昼もサンドイッチ残しましたよね」
「栄養不足なんて、恥ずかしいと思いますが」
圭太は、首を横に振る。
「まだ、飲んだり食べたりできる心境と体調ではなくて」
しかし、その理由は言わない、言えないと思っている。
その少々の言い合いを見ていた専務高橋美津子が、佐藤由紀を手招き。
小声で、「圭太の事情」を言う。
途端に、佐藤由紀の表情が変わった。
「どうして言ってくれなかったんですか!」
圭太は表情を変えない。
「あくまでも、個人的な事情です」
「言う必要は、何もない」
「個人的な関係が深ければともかく、そうでなく聞かされた人は、迷惑なだけ」
主任の久保田義人は、「圭太の事情」を内々に聞いていたらしい。
圭太の肩を揉む。
「そこまで、突っ張ることもないよ、ここでは」
「圭太君には何の悪気もなく、むしろ、どうにもならなくて、苦しんで来た」
「・・・まあ・・・辛いよな・・・」
圭太は、少し頭を下げた。
「ごめんなさい、もう気にしなくても、と思うけれど」
「気持ちと、胃が、飲食を受け付けない」
「もう少し、時間がかかりますが、仕事には穴を開けません」
「事情」を聞き取っていた他の監査士たちから声がかかった。
「少しは飲んで食べなよ、圭太君の元気も供養になるから」
「圭太君が身体壊したら、天国で嘆くよ、それを考えて」
圭太は、少しホロッとしそうになったけれど、こらえた。
先輩監査士たちと冷酒を呑みかわす。
「きれいな飲み方だね」
圭太は、「いえ、ありがとうございます」と言いながら、全員と酒を呑みかわした。
専務高橋美津子と会長杉村忠夫も、冷酒を注がれ、安心の様子。
専務高橋美津子
「顔に出ないのね、実はいける口かな」
会長杉村忠夫
「真面目な人で、好きなタイプだ、任せられる、期待に応える人だ」
ただ、佐藤由紀は、酔ってしまった。
深川に自宅があるので、圭太が送って行くことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます