第12話圭太の再就職先は、すんなり決まる。

圭太にとって、信じられないほどの弔問者の多さだった。

母律子が勤めていた税理事務所の全員(16人)が、来たのだから。


「お母様の人徳ですよ」

「律子さんは、仕事が出来て、やさしくて、気が利いて」

母律子と親しかった「西田」が、涙ボロボロに線香をあげ、手を合わせた。


高橋所長は、入って来た時は、怖い程、謹厳な表情。

ただ、それも続かない。

母律子の遺影を見た瞬間から、声をあげて泣く。


ただ、圭太は、それ以上に香典返しの数が足りたことに、安堵している。

(万が一のために、20個用意してあった)


高橋所長と西田だけが残った。

高橋所長

「圭太君は、池田商事と聞いたけれど、頑張っているのかな?」


圭太は、素直に、辞めたこと(内示のことを含めて)説明した。


西田は、驚いた。

「それは・・・仕方ない、と言うより、気をつかい過ぎでは?」


圭太は笑って首を横に振る。

「いや、自分としては、当然の判断」

「早く離職の書類を持って、ハローワークに行かないと」

「再就職しないと、生きていけませんから」


高橋所長の反応は意外だった。

「ハローワークなんて行かなくても」

「公認会計士の資格がある、紹介もできる」

「有楽町の、銀座監査法人、そこで募集がある、どうかな、よければ紹介しておく」

(銀座監査法人は、圭太も驚くほどの超一流監査法人)

「あるいは、そこが嫌なら、別に数社ある」


西田は、母の遺影を少し見て、圭太の手を握る。

「圭太君、早く再就職して、律子さんを安心させて」


圭太は、ここでも素直に頷いた。

「わかりました、有楽町まで、出向いてみます」

「せっかくのご紹介とあれば」


高橋所長は、笑顔。

「実は、俺の姉さんが、監査法人の役員だ」

「安心していいよ」

西田が、高橋所長を補足。

「律子さんのことも、よく知っていますよ」

「詳しくは、所長のお姉さん、美津子さんから」


その後は、相続税申告の話になった。

高橋所長

「是非、我が事務所で」


ここでも圭太は断れない。

「わかりました、全てお任せします」

本当は、自分でもできる、と思ったけれど、亡き母の勤め先でもあり、再就職先を紹介してもらう以上、断れなかった。


圭太は、高橋所長と西田が帰った後、初めて空腹を感じた。

時計を見ると、午後7時半。

冷蔵庫にはエネルギーゼリーしかないので、マンションを出て、月島商店街を歩く。


「どの店も混んでいる」

「面倒だから、コンビニでも」

とコンビニに向かって歩き出すと、スマホが鳴った。


「高橋美津子です、圭太君?」


圭太は、驚いた。

まさか、出向く前に電話がかかって来るとは思わなかった。


「はい、田中圭太と申します」

「高橋所長から、紹介を受けまして、明日伺おうかと」


「高橋美津子」は、明るい声。

「圭太君なら、歓迎します」

「明日から、実務をお願いします」

「我社も、今、てんてこ舞いなの」


圭太は、「展開の早さ」に、全くついて行けない。

「わかりました、明日8時半に」

と答えるのが精一杯だった。


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