第9話池田商事の混乱

池田商事から、田中圭太が姿を消してから、数日。

特に総務部では、大混乱が継続している。

原因は、山本美紀の数か所の入力ミス、そして、同僚及び上司のチェック不足。


「このままでは、決算が出来ない」

「それ以前に、日々の締めが合っていない」

「圭太君がいれば、こんなことはなかったのに」

「そうだよ、安心していられたのに、残業は続くし、合わないし・・・」

「圭太君も電話に出ないし・・・もう・・・」


人事部長宮崎保も、頭を抱えている。

「会長は、連れ戻せと言う」

「つまり退職処理を認めない」

「しかし、圭太君は、電話に出ない」

「一身上だけでは・・・辞めていい社員ではない」

「そもそも、懲戒解雇でもいい、三月の給与もいらないほどの退職理由って何だ?」


頭を抱え込む人事部長宮崎保の前に、人事部女子社員山田加奈(入社3年目、田中圭太と同期入社、出身大学も同じ)が立った。


「部長、お差し支えなかったら、私、圭太君の自宅に行こうかと」

「少しは、本当の理由が聞けるかと、あるいは、わかるかと」

「そもそも、生真面目な人ですが、何か特別な理由がある、そんな感じがします」

「とにかく、決着を付けましょう」

「退職届は出されておりますが、事務的には、決裁をしていただかないと、その書類が作れません」

「このままでは、彼の再就職にも差し支えます」


人事部長宮崎保は、その顔を苦しくした。

「いや・・・理由を探ってくれるなら、頼みたい」

「今でも、圭太君に連絡を取って、聞いて来てもらいたい」

「でもな、退職も再就職も、それは困る」

「だから、そうならないように・・・」


ここまで言って、人事部長宮崎保は、山田加奈の顔を見た。

「俺も行くよ」

「それでダメなら、仕方がない」

「その旨、会長に申しあげ、指示を仰ごう」


「善は急げ」とばかりに、山田加奈は、さっそく圭太に電話をかけた。

それも、池田商事の電話ではない。

自分のスマホからだった。

すぐに、通じた。

「圭太君?加奈です」


圭太は、神妙な声。

「あ・・・はい・・・お久しぶり」

「いろいろと申し訳ない」

「でも、俺と話をして、大丈夫なの?」


山田加奈

「意味わからないけれど」

「とにかく、月島だよね、行ってもいいかな」


圭太は、驚いた。

「来ない方がいい」

「いや、来るべきではない」

「会長命令の人事に背いて、退社した男だよ」

「懲戒解雇の通知なら、郵送して欲しい」

「とにかく、人事の退職関係の書面がないと、再就職ができない」

「それも郵送して欲しい、そもそも、男一人の家に未婚の女性が来るべきではない」


加奈は、圭太の言葉をじっと聞き、反論。

「あのさ、懲戒解雇って何?そんな話になっていないよ」

「とにかく、圭太君がやめた本当の理由を知りたいの」

「それを聞きに行くの、会長の意向もあるの」

「それから、人事部長も一緒」


加奈は、少し間を置いた。

「もしかして・・・何かあったの?」

圭太は、黙ってしまった。

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