第8話圭太は、池田商事からの電話に出てしまう
圭太は、泥のように眠った。
ようやく目覚め、時計を見ると、午前9時。
昨日は疲れて、午後4時には寝たことは覚えている。
しかし、何時間寝たか、そんな計算は面倒だ。
それよりも起きて、白木の位牌に手を合わせ、線香をあげることを優先した。
風呂に入り、少し汗をかく。
しかし、身体の芯からの疲れは、取れない。
昨日まで、母の病状と死、葬儀を不安に思う生活が数か月続いた。
その間、気が気ではなかった。
圭太自身の食欲も落ち、10キロはやせた。
見舞いをしても、母の反応が弱くなった最近の一か月間は、安眠など無理。
毎日、よく眠れない状態で、会社、病院見舞いをこなした。
そんなことで、身体も神経も疲れ果て、回復も簡単ではないと自覚している。
まだ、食欲はない。
冷蔵庫には、エネルギーゼリーしか入っていない、飲みたくないし、もう飽きた。
マンションを出て、一分も歩けば、月島商店街。
もんじゃ焼きから、定食屋、とにかく、食べる店には困らない。
しかし、食欲もないし、半分も食べられないと、思う。
「こんな俺でも、食べ物は粗末にしたくない」
そう思うので、結局、昼食は諦めた。
これで、約2日間、絶食状態になる。
圭太の思考は、食事から「次の仕事」に移った。
「再就職のために、ハローワークか?」
「でも、池田商事から、離職の書類が届かない」
「もう、退職してから、数日経つ」
「保険証も変わるだろうし」
「やはり、会長命人事に背いた罰で、懲戒委員会か?」
「その開催に時間がかかって、結果として、書類が遅れているのか」
「本人が懲戒解雇でいい、と納得しての退職なのに」
圭太は、そうかと言って、それを池田商事に迫る資格もないと考えた。
「ハローワークに行くのは、その通知を待つしかないか」
圭太は、その次に、正月に来た、母の年賀状を点検。
「この人たちに連絡をしないと・・・」
「四十九日後かな、今は手配の準備だけ」
母の年賀状は、今まで圭太が対応していたので、その手配準備は簡単に終わった。
その後は、まだ時間があったので、銀行に出向いた。
母の口座から振り替えていた公共料金を、今後は圭太の口座から払う手続き。
これも簡単に済ませた。
銀行を出ると、午後2時半。
まだ、食欲はない。
もんじゃ焼きの香ばしい匂いにも、胃は反応しない。
マンションに戻る途中、母が勤めていた税理士事務所の前にさしかかった。
「お見舞いもいただいている」
「一言、連絡をするべきだったのか・・・」
少し反省していると、税理士事務所から、中年の女性が出て来た。
母の仲の良かった同僚で、「西田」という名前。
マンションに遊びに来たこともある。
「あ・・・圭太君、律子さんはどうなったの?」
圭太は、正直に話した。
既に亡くなり、昨日、直葬、遺骨も墓に納めたこと。
圭太
「本当は、お呼びして、顔を見てもらいたかったのですが、感染症対策もありまして」
母律子の元同僚は、ハンカチで目を抑えた。
「夜、お線香をあげに、お宅へ、伺ってもいいかしら」
圭太は、拒めない。
「本当にありがとうございます、お待ちしております」
そんな状態で、マンションに戻って珈琲を飲んでいると、スマホが鳴った。
池田商事の元同僚、人事部の山田加奈(入社3年目、田中圭太と同期入社、出身大学も同じ)からだった。
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