第3話会長池田聡直々の人事

池田商事人事部長宮崎保は、会長の池田聡から直々の電話を受けていた。

「そろそろ、次年度の人事異動のプランか?」

「作業は、ほぼできたのか」


人事部長宮崎保は声を小さくした。

まだ、人事部の社員が残っているので、大きな声はご法度である。

「はい、大まかなプランは」

「ほぼ、年次通りにはなりますが、鈴木亮の件でしょうか?」

人事部長の宮崎としては、全社的に評価の高い「エースの鈴木亮の係長昇格」を予想した。(ただ、年次的にまだ一年早い)


しかし、会長池田聡の言葉は予想と異なっていた。

「いや、鈴木亮ではない、彼の昇格は、年次通り、君に任せる」

「あまり評価を高くし過ぎるな、営業職は天狗になりやすい」


人事部部長宮崎保は、何を言えばいいのかわからない。

「と、言いますと、年次の異動に何か、ご希望が?」


会長池田聡から出た名前は、人事部長宮崎保にとって、意外だった。

「総務部にいる、田中圭太だ」

「秘書室に置きたい」

「その準備をして欲しい」


人事部長宮崎保の顔が蒼くなった。

「田中圭太ですか・・・」

「彼の後任を・・・」


総務部長吉田満、総務課長川崎重行、総務課係長三橋義夫の顔が浮かんだ。

「圭太の仕事があって、我が池田商事の総務課が成り立つ」

「決算書も、彼がいなければ、どれだけ時間がかかるのかわかりません」

「経理と税務、報告書の天才です、とても手放せません」


また、人事部長宮崎保も、田中圭太には助けられたことがある。

「退職給与会計の異常値を見つけてくれた」

「そもそも、人事部の入力ミスだが、私も増田課長も、鈴木係長も見過ごしていた」

「決算前で、良かった、あのままなら、決算時の顧問税理士に指摘され、会長の前で大恥、平謝りになるところだった」

「圭太君は、実に腰を低くして、ここが変ですと説明、担当者も本当に感謝していた」

「地味で目立たないタイプではあるけれど、できれば、手元に起きたいなあ」

「人事部に来ても、即戦力かもしれない」


しかし、人事部長宮崎保が、会長池田聡の希望に異を唱えることは困難。

「わかりました、それでは、田中圭太を秘書室に」

「後任を鋭意探します」


会長池田聡は、さらに希望を追加した。

「田中圭太は、会長付秘書だ」

「細かくは、秘書室長に指示する」


「わかりました」

人事部長宮崎保は、今度の返事は、ためらいはない。

あくまでも、秘書室内部の配置であって、田中圭太がいなくなる総務部の不安に係る問題ではない。


会長池田聡からの直々の人事「指示」を受け、人事部長宮崎保は、田中圭太の個人データを確認する。


「現在25才、大学は、お茶の水の有名私立大、その2年生の時に公認会計士試験に合格」

「自宅は・・・佃島か・・・」

「父母、家族はわからん、最近は国の指導で履歴書には書かないし、聞かない」

「残業はしない主義らしいが・・・、まったくないわけではないな」

「無駄な残業をしない、する時にはするタイプか」

「ただ、ダラダラと残る社員も多いが、圭太君は、そこはケジメを付ける」


しかし、そこまで見て、田中圭太について、考えることをやめた。

「今さらデータを見ても、意味が無い」

「会長指示だ、そのまま秘書室会長付秘書だ」

「総務部で何と言ってこようが、どうにもならない」

「それよりも、経理に強そうな人材を探さないと」


人事部長宮崎保は、田中圭太の後任となりうるような人材を探し始めた。

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