蜥蜴族



「意外とあっけなかったな」



 空に届こうかという程に燃え上がる業火を見つめる、何人かの人影。そのうちの一人が、拍子抜けしたように呟いた。


 手足を覆う赤褐色の鱗。爬虫類を連想させるつり上がった目。そして一番の特徴は自らの身長の半分はありそうな尻尾であった。


 男の名はリザルド。


 蜥蜴族リザードマンで構成された傭兵集団、《鋼の尾》のリーダーだ。


 周囲には同じく蜥蜴族リザードマンの仲間が複数、炎を囲むようにして立っている。


 《鋼の尾》は短期的に依頼主と契約して、主に戦闘系の仕事をこなすことを生業としていた。


 今回の依頼は鬼神族の女を一人片付けること。つまりは暗殺だ。



「あとは死体を回収して、任務完了ですねリーダー」



 仲間がリザルドへと調子よく声をかけた。



「ああ。いかに鬼神族といえど、俺達の炎を不意打ちでまともにくらったんだ、ひとたまりもないだろうな」



 リザルド達の口からは、まだ冷めやらぬ熱気が出ていて、空間を僅かに歪めていた。


 これは蜥蜴族リザードマン特有の《獄炎砲インフェルキャノン》という魔法で、口から炎を吐くという単純ながらも強力な攻撃方法だ。



「ゲヘへッ、これで俺達も大金持ちですね!」


「まぁ、リスクを考えれば当然と言えば当然の額だがな」



 リザルドは下品に笑う仲間の一人に、クールに返す。


 いくら戦闘を生業としている傭兵集団だとしても、本当は鬼神族を相手にするなんて危険な依頼受けるつもりはなかった。


 だが、依頼主の「いくらでも出す」という言葉にリザルドの天秤は簡単に傾いたのだった。



「さぁ、あとは炎が消えるまでのんびり待たせてもらうか」


「でもリーダー、それじゃ死体が残らないんじゃ?」


「骨でも持っていけば事足りるだろうよ。鬼神族の骨なんて早々ないだろうし、疑うべくもない」


「ゲヘ、流石リーダーだぜ!」


「当たり前だろ、こちとら何十年この稼業やってると思って、――――んぁ?」



 ここでリザルドが少しおかしなことに気付いた。

 それは炎の燃え方だ。

 蜥蜴族リザードマンの《獄炎砲インフェルキャノン》は消えにくいという、厄介な特性を持つ魔法だ。それを複数人で最大火力で放った。


 リザルドは当初、この炎が収まるまでに最低でも数時間は掛かると踏んでいた。


 待ってる時間がもったいなくはあるが、鬼神族という大物を確実に仕留めることを思えばこのくらいの我慢はたいした苦にもならない。

 むしろ、大金が入るのを祝ってくれる祝福の炎にさえ見えた。


 なのに、だ。


 それなのに、簡単に消えるはずのない炎は、見る見るうちに弱く、小さくなっていくではないか。



「リ、リ、リーダー…………ほ、炎が消えて、いや、まるでなにかに吸い込まれて……?」


「な、なんだ!? いったいなにが起こっている!??」



 まるで予期していない出来事に、リザルド含め、全員が狼狽える中、ついに炎は完全に消えてしまった。


 蜥蜴族リザードマンたちの喧騒が一気に消えたことで、周囲の木々が燃える音ばかりがやけに際立つ。


 そして、



「ったく……いきなりやってくれたもんだわ…………見なさい! テンテンの綺麗な毛が少し焦げちゃってるじゃないの!!!」



 消えた炎の中からは無傷のままのエリーシャとフィテロ、そして同じくダメージはないものの毛先が少し燃え焦げてしまったテンテンが姿を見せた。



「ヒヒィン……」



 怒るフィテロと、悲しそうに鳴き声を上げるテンテン。



「絶対に許さないわよ」



 フィテロは自分が命を狙われたことよりも、毎日綺麗にブラッシングしてるテンテンの毛を燃やされたことにキレた。



「妾も手伝うか?」



 横でエリーシャが問う。



「いえ、大丈夫よ。そのだけで十分助かったわ」



 フィテロの視線の先、エリーシャの手の平には二十センチ程度の小さな石門のようなものが乗っていた。



「そんな魔法見たことないけど、あなたのそれが炎を吸い込んでくれなかったらもっと大変なことになってたから」




「そうか。《閉ざせ地獄門》」



 エリーシャがそう唱えると、小さな石門はスッと手の平から消えてしまった。



「や、ヤバいですよ、リーダーっ……」


「なんであれで無事なんだよッ、チクショウがっっ!」



 炎は確かに消えてしまったが、消えるまでに多少間はあった。それなのにこいつらは火傷を負うどころか、衣服が燃えてすらいない。


 明らかに異常だ。


 だがここまできてしまったら、もうやるしかない。



「もう一度最大火力で《獄炎砲インフェルキャノン》をお見舞いしてやれッ!!!!」




 フィテロ達を囲むようにして陣を取り、蜥蜴族リザードマンたちが一斉に口を大きく開いた。


 魔力が口に集まっていき、熱がこもり始める。




「芸がない。――――テンテン、やっちゃいなさい」



 フィテロがそう言うと、テンテンの角に一瞬にして魔力が集まる。否、というより、抑えていた魔力を解き放ったと言った方が正しいだろう。


 メキメキと音を立てながら、額の角が伸びていく。


 周囲の木々を優に超えるほどの高さまで伸びたそれは、全体に雷のような魔力を宿していた。



「チィッ、ただの馬かと思ったらなんなんだ、あの魔力はッ! 構わねー、なにかしてくる前に燃やしちまえッ!!!」



 リザルドが指示を出した瞬間だった。



「――――ヒヒィーンッ!!!!」



 テンテンは額の角を敵に定めて、大きく左から右に、半円状に振った。

 角は木々を容易く切り倒しながら、蜥蜴族リザードマン達へと迫り、



「ガハッ!??」


「グゥッッ!??」


「ブッ!??」


「ヅァッ!??」


「ッッ……!??」


「ガッ!??」


「ダラッ!??」


「エッ!??」


「なっ!? ち、クソが……」



 狂暴なまでの魔力を纏ったテンテンの角は、蜥蜴族リザードマンの上半身と下半身を次々と、いとも簡単に両断していった。



「おい、一人逃げたぞ?」


「わかってるわ。逃がすつもりはないから安心して」



 リザルドは長年《鋼の尾》のリーダーをまとめてきた男。他の者よりも実力は数段上だ。


 故にリザルドだけはかろうじてではあるが、テンテンの攻撃を躱すことができていた。




 ◆


「――――ハァ、ハァッッ、鬼神族はともかくとして、なんだあの馬鹿強い馬はッッ……まるで相手にならねぇッ! それにあのエルフも絶対に普通じゃねぇ……」



 テンテンの攻撃から命からがら逃げ延びたリザルドは、あらんかぎりの力を逃走に割いていた。



「やっぱり神の名を冠する種族を相手にしたのが間違いだったんだ……! 攻撃を当てさえすれば勝てる、なんて考えが甘過ぎたッッ! あの炎に包まれて、普通生き延びるかっ!?? それも無傷でっ」



 不意をつき《獄炎砲インフェルキャノン》が直撃した瞬間、リザルドは勝ちを確信していた。

 長い傭兵生活でも、あれで倒せなかった者はいなかった。



「主だった戦力は全滅、もう傭兵は引退だ! しばらくはちまちま、追い剥ぎでもして凌ぐしかねぇ」



 《鋼の尾》は少数精鋭を売りにしている傭兵集団。数は少ないものの、個々の力と戦術で今まで上手くやってきた。


 だがこれまで上手くやってこれた一番の理由は、格上に手を出さなかったことにある。


 それが長年積もりつもって、絶対の自信に繋がっていた。そしてその自信こそ、今回身を滅ぼした要因になったのだ。



「もう絶対に神と名のつく種族には関わらねぇぞ!」


「大丈夫! あなたにもう次なんてないから」


「なっ、てめ、――――ゴフッッ!??」



 リザルドの後頭部を重い衝撃が襲った。

 その衝撃に抗うことは敵わず、リザルドは勢いよく地面に頭を深くめり込ませた。


 そこからは足を雑に掴まれ引っ張り上げられると、近くの大木に何度も叩きつけられた。


 何度も何度も何度も。


 抵抗しようにも、その余りの膂力になすすべもない。



「ま、待っひぇ、待っひぇくれぇッッ!?? と、取引をしよう」



 殺される。あまりの恐怖にリザルドは口を開いた。



「い、依頼主の名前を言う! これでどうか、命だけは助けてくれぇ!」



 掴まれた足の骨は砕け、顔は血と涙でボロボロ。防御力に特化しているはずの鱗も所々剥がれ落ちてしまっている。



「こういう裏の仕事をするとき、依頼主の情報を喋らないのは鉄則でしょ?」


「か、構わねぇ、自分の命がなくなったら、どうにもならねぇ」


「……へぇ、そうなの」


「へ、へへっ、交渉成立だな。いいか、俺に依頼を持ってきたのは、龍神族の――――」



 言い終える前に、フィテロは裏拳でリザルドの頭部を弾き飛ばした。



「っな、約束が……」



 体から引き離された頭部が、それ以上言葉を話すことはなかった。



「傭兵なら傭兵らしく、鉄則くらい守って死ね」



 その声音は以前、獅子族の男ヨクゴウに怒声を上げた時と似かよっていた。


 フィテロはこういう芯のない者をなにより嫌う。



「よかったのか? 依頼主を聞かなくて」



 一部始終を見ていたエリーシャが後ろから声をかける。



「いいのよ。依頼主なんてとっくにわかってるんだもの」


「それもそうか」


「どうせ龍神族のか、そのとりまきのサルエロっていう老害よ。まったく、文句があるなら直接来いっての」



 フィテロは手に付着した血を、イライラをぶつけるかのように近くの木に振り払う。



「サルエロとはお前に嫌がらせをしてくる老人だったか」


「ええ、コラドスの腰巾着で本当に陰険な老害なのよ。顔を見るたび殴りたくなるのを我慢するのに必死なの」


「ふ、お前がそこまで言うとは中々のものだな」


「そうなのよ、この前なんて――――」



 すぐに帰るつもりだったのに、フィテロを不憫に思ったエリーシャは少し立ち話に付き合ってあげることに。

 これくらいは優しくしてあげても、バチは当たらないだろうと。

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