待ち伏せ
――――フィテロとの体術の稽古が始まって二月程経過した。
二月とはいっても、毎日フィテロが来れるわけではないので、ウルティナとの稽古回数は実質15回程度だが。
それでも、物覚えがいいウルティナが体術の基礎を覚えるには十分な時間だった。フィテロが来ない日の自主稽古の影響も大きかったのだろう。
そして今日、ついに。
「――えいぃっっっ!!!」
足払いを飛び越え、その直後に迫りくる拳を上半身を捩ってなんとか躱し、その反動を上手く使って繰り出したウルティナのパンチが、ついにフィテロへと届いた。
体勢も悪く、とにかく攻撃を当てるという一心で放ったパンチだったので威力はもちろんない。だが、確かにウルティナの攻撃はフィテロへと届いたのだ。
「あ、あたった……ウルのぱんちがあたったの!??」
確かに自分のパンチはフィテロに当たった。その感触もあったし、目でもその瞬間を捉えていた。
それでもこの二月、攻撃を延々と躱され続けてきたので、まだどこか半信半疑のようだ。
「ええそうよ。今のはかなりいい流れだったわよ。正直、ここまで早く攻撃を当てられるとは思ってなかったわ。おめでとう、ウル!」
そうフィテロに言われて、ようやく実感がわいてきたウルティナは、
「や……やったー!!! ママ、見てた?! メリィも見てた!??」
キャッキャと跳びはねながら、エリーシャの元へ全力で走っていってしまった。
「もう、まだ稽古中だっていうのに。ま、ここ最近頑張ってたものね」
この二月、毎回会う度に前回の反省点を改善して、凄い早さで成長していくのを間近で見ていたフィテロは、ウルティナが攻撃を当ててはしゃいでるのを自分のことのように嬉しく思っていた。
「ふふ、これはたしかにエリーシャが親バカになるのもわかるわね」
最初は稽古をつけてくれと呼ばれたものの、実際は稽古以外にもウルティナと遊んだり、一緒に野菜を見たりと、フィテロも気づけば普通にこの時間を楽しんでいた。最近では親バカなエリーシャの気持ちも、少しは理解できたような気さえしていた。
「おい、今日はウルちゃんが攻撃を当てた記念だ! 豪華な料理にするからお前も手伝え」
遠くからエリーシャが叫んでいる。
「はいはい、今行くわよ」
まだ稽古の途中、なんて言っても無駄なことはわかりきっているので、フィテロは黙ってエリーシャのもとへ歩を進めるのだった。
◆
その日の帰り道。
いつもの様にフィテロとテンテンを森の出入り口まで送り届けるエリーシャ。
「今日でわかったと思うんだけど、ウルったらもう体術の基礎は出来てるのよね。次からはちょっとずつ体術のレベルを上げながら、その合間に魔法も使えるようにしようと思うの」
フィテロの提案は尤もだ。
以前見たウルティナの基礎魔法は既に実戦で使えるくらいの威力だった。
体術の基礎を覚えた今、その魔法を上手く絡めた体術の稽古をするべきだ。
「なるほど、確かにウルちゃんの魔法は中々の威力ではあるが。だが、まだ早いんじゃないか? もう少し体術だけに集中しても……」
「いいえ、それは間違いよ。ウルは確かに凄いけど、あの子は人間族でしょ?」
「それはそうだが」
「この際、なんでエルフ族のあなたが人間族であるあの子を育てているのか、なんて野暮なことは聞かないけどね。人間族があらゆる面で他の種族より劣っているのは、あなただってわかるでしょ?」
「確かにそうだが、ウルちゃんは特別だ! お前だってウルちゃんの魔法を見ただろうが!」
エリーシャが食い気味に返す。
人間族が他種族より劣っているなんて、そんなことは理解している。だからこそ、そんな世界でも生きていけるように、色々教えているのだ。
「まぁそう熱くならないでちょうだい。私が言いたいのは、人間族はいくら体術を鍛えても他の身体能力の優れてる種族には届かないってこと。例えば、人間族が死ぬほどの鍛練をしても、何もしていない怠け者の獅子族に勝つことはできない。悲しいけれど、それが種族差というものよ」
「……っ」
これに関してはその通りなので、エリーシャはなにも返すことが出来ない。人間族は非力、これは変えようのない事実だから。
「でも魔法を使えば話は変わってくるわ。抗いようのない理不尽な身体能力の差も少しは埋めることができるし、魔法の種類によっては逆転することもあるでしょうね。まぁ人間族はその魔法を使う為の魔法適性も魔力もないからこそ、弱者扱いされてるんだけど。でも、ウルは違うでしょ?」
「当たり前だ! ウルちゃんの魔法適性は本物だ! 魔力の流れだって見えるのだからな!」
「あら……それは初耳ね。魔力の流れが見れるなんて、上位の種族だって、必ずしも備わってる能力じゃないわよ? 本当にウルって神様に愛されてるんじゃないかって思うわ」
「ふ、そうだろう。もっと誉めるがいい!」
ウルティナを誉められると、自分のこと以上に嬉しく優しい気持ちになる。だが、ここでフィテロの言葉が少し胸に引っ掛かった。
神様に愛されているのなら、こんな危険な森に捨てられたりするだろうかと。自分が偶々拾わなければ、ウルティナは間違いなく、確実に死んでいた。
どんな境遇だったにせよ、自分の子供を捨てる親なんてろくでもない。
顔もわからない、ウルティナの本当の親のことを考えるだけで心底虫酸が走る。
「まったく、あなたを誉めてるわけじゃ…………ん、あら? 気付いた?」
「ああ。何人かに待ち伏せされてるな」
もうすぐ終わりの森の出口に着こうかという時だった。二人は何者かの気配を感じとり、スピードを緩めた。
「エルゾラスで狙われることはあったけれど、ここで待ち伏せなんて初めてね」
龍神族との一件があってからというもの、フィテロはエリーシャが予想していた通り、何者かに命を狙われることが何度かあった。
時にはエリーシャとの話し合いの最中に襲われることも。
十中八九、龍神族が絡んでいるのは明らかだったので襲撃してきた者達を問い詰めることはせず、毎回情けをかけることなく葬り去っていた。
「一人で大丈夫か?」
「……え、まさかだけど、あなた帰るつもりじゃないわよね?」
「いや、そのつもりだが? 家でウルちゃんも待っていることだしな」
しれっと答えるエリーシャ。
だがこれは、信頼してる証でもある。並大抵の者にフィテロが負けることはないだろうと。
実際に今日以前の襲撃の際には、特段苦労することもなくフィテロが対処できていた。
「……はぁ~」
わざとらしくでかい溜め息をつくフィテロ。
「いいのかしら? もし、万が一私が怪我でもしたら、ウルとの稽古に支障がでるかもしれないわよ? まぁそれでもいいなら構わないけどね。あ、これは一人言だから気にしないでちょうだい。じゃ、私は行ってくるわね」
チラチラとエリーシャを見ながら、フィテロは森を出ていく。
「く、なんとも白々しいやつだ!」
ウルティナとの稽古を秤にかけられては仕方ない。エリーシャもフィテロの後を追う。
「あら、来てくれたの?」
「……さっさと終わらせるぞ」
終わりの森を出たのは二人ともほぼ同時だった。
ぱぱっと終わらせて早くウルティナの元へ帰ることを考えて、エリーシャが敵の姿を探すべく周囲を見回していると、
――――ゴオォォォォォォォッ。
眼前に現れたのは自分達を囲むようにして放たれた、炎の塊だった。
左右、前方、上空の四方向からとんでもない火力の炎が迫ってきている。
それは僅かな思考も許さない一瞬の出来事で、エリーシャとフィテロは灼熱の炎に呑み込まれて見えなくなってしまった。
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