魔食虫花
「はい、それじゃあ今日も元気に稽古しましょうか」
ウルティナの魔法で呆気にとられていたフィテロだったが、手をパンと叩き気持ちを切り替える。
「……うん」
だがどうもウルティナの様子がおかしいことに気付く。なんというか、いつもより返事に覇気がないような。表情もなにか言いたげなような。
そこで間髪いれずに、エリーシャがフィテロの脇腹に軽く肘打ちを見舞った。
「――――痛いじゃない! なにするのよ!??」
「なにをするもなにも、お前はウルちゃんになにかあげる約束をしたんだろう? ウルちゃんはずっと楽しみにしてたんだぞ!?」
エリーシャはウルティナに聞こえないように、でも少しドスの利いた声でフィテロの耳元で囁く。
「? ああ、そういうことね」
ここでようやくフィテロは、今のウルティナのなんともいえない表情の正体に気付くのだった。
(稽古のあとでもいいと思ってたけど、この感じだと先に渡しておこうかしらね)
帰り際にでも渡そうと考えていたフィテロだったが、ウルティナのこんな顔を見てしまってはそうもいかなくなった。なにより、こんな状態では稽古に身が入らないかもしれない。
「ウル、稽古の前にもう一度庭の野菜を見せてくれるかしら?」
「えっと、うんいいよ」
「この前、いいものを持ってきてあげるって約束したでしょ? それを先に見せてあげる」
「ほんとに!?? ありがとー!」
それを聞いて一気に笑顔を咲かせたウルティナは、フィテロの手を引っ張り、庭の菜園へと移動することに。
「う~ん……なんていうか。確かにウルに役立ついいものを持ってきてあげるとは言ったんだけれど。ここまで期待されちゃうと、少し自信ないわ」
庭園を前にフィテロは呟く。
その横では、なにをくれるのかとフィテロを期待に満ちた目で見るウルティナが。
「いいから早く出せ!」
自分の持ってきた物がウルティナの期待にそぐわないんじゃないかと出し渋るフィテロの横っ腹に、エリーシャがまたも肘打ちをかました。
「あーもう! わかったわよ! はい、これ。これが私がウルに持ってきたものよ」
そう言って、フィテロは小さな巾着袋をウルティナへと手渡した。
「わぁ! ありがとう、フィテロおねえちゃん!」
(……この子だったら、きっとなにをあげても喜んでくれるわね。本当にいい子だわ)
まだ中身がなにかも確認していないはずなのに、嬉しそうにお礼を言うウルティナを見て、フィテロは自分が少し考え過ぎていたと自覚する。
「ほら、中身を開けてごらんなさい」
「うん! えへへ~、なにがはいってるのかなぁ?」
ルンルン気分で巾着袋の結び目をほどいていく。
「え~と、これはなんだろ?」
中から出てきたのは、焦げ茶色の丸い物体だった。一つ一つの大きさは手の爪くらいで、巾着袋にはそれが五つほど入っていた。
ウルティナはそれを手の平に出し、そのうちの一つを指でつまんで持ち、空にかざしたりして不思議そうに眺めていた。
「いいウル? それはね、とある植物の種なのよ」
「たね?」
「そうよ。とりあえず、一緒にこの種を植えましょうか。今植えれば、稽古が終わる頃には咲いてると思うから。これがどんな植物の種なのかは、稽古が終わってからのお楽しみよ!」
「うん、わかった! たのしみ!」
その後、植える場所をフィテロが指示して、そこにウルティナが種を大事そうに植えていく。
「げんきにそだつんだよ」
そして少量の水をあげてから、いつも通りの稽古へと向かうのだった。
◆
――その日の夕刻。
「さて、今日の稽古はここまでにしましょうか!」
「はぁい!」
体術の稽古が終わったばかりだというのに、ウルティナはまだまだ元気一杯だった。その理由はいわずもがな。
「フィテロおねえちゃん、さっきのたねさん、もうおおきくなってるかなぁ?」
「そうね、もう大丈夫だと思うわ。一緒に見に行きましょうか」
「あ、ちょっとまっててね! ママとメリィもよんでくるから」
ウルティナは離れた木陰で稽古を見守っていた母の元へ、元気よく走っていってしまった。
「ふふふ、本当にママが大好きなのね」
フィテロはそれをどこか羨ましそうな目で、ぼんやりと眺めていた。
その後すぐにウルティナがエリーシャとメリィ、そしてメリィと戯れていたテンテンを連れて戻ったので、皆でいよいよ庭園に行くと、
「ふわわぁ~、きれいだね~!!!!」
薄紫色の綺麗な花びらが特徴的な植物が五輪咲きほこっていた。
大きさも既にウルティナの背丈くらいまであり、茎の部分もさっき植えたばかりとは思えないほどに太く育っている。
花はとても美しく、ウルティナも見惚れていた。
「ふむ、この成長速度……ただの植物ではないな」
エリーシャも初めて見る種なのか、興味深そうに花を観察する。
「ええ、その通りよ。まぁちょっと見てなさい。面白いから」
フィテロがそう言った直後だった。
「わ、わわっ!?? ママ、おはなさんが、なんかうねうねしてるよっ!」
植物の葉の部分が何かを探すように、ウネウネと伸びて動き始めた。
動き出した葉はしばらくウネウネと宙を所在なさげに彷徨ったあと、なにかを見つけたのか、そこに向かって素早く葉を伸ばした。
「あ~っっ!!! おはなさんが、むしさんをたべたっ!!?」
「これはね『
「む、むしさんを、たべるの?」
「ええ。ウルがこの前、虫に育てた野菜を食べられて悲しそうだったから。この花はウルの野菜を守ってくれるのよ。虫以外は食べないから触ったりしても安心だし、なによりとても綺麗でしょ」
「このきれいなおはなさんが、ウルのやさいを…………」
触ってもいいと言われたので、早速葉の部分をサワサワと撫でてみるウルティナ。そして、葉の部分を頬に触れさせて、
「えへへ、これからもよろしくねおはなさん!」
大事な野菜を守ってくれるという花に、優しく語りかけるのだった。
「
エリーシャは感心しながら、
「でしょ? 私も自分で茶葉を育ててるんだけど、結構虫にやられた経験があるのよ。だからこれに関してはあなたより私の方がウルの気持ちがわかるかもね」
「ほう、ではあの茶葉も自分で育てたのか?」
エリーシャは以前フィテロからもらった茶葉の味を思い出していた。
「ええ、あれも私が育てたものよ。美味しいでしょ?」
「ああ、あの茶葉は妾の好きな味だな。そろそろなくなりそうだから、また頼むぞ。――――それと、妾よりお前の方がウルちゃんの気持ちがわかるなどと戯れ言をほざくな」
「――――はいはい、わかったわよ」
もう何度も見た親バカっぷりに、フィテロはやれやれと肩をすくめるのだった。
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