失敗
エルゾラスの遥か上空。雲よりも高い場所に浮遊する城。
それはまるで、大地を巨大な手で掬い上げてそのまま空に浮かべたかのようだった。
そんな城の一室に二人の男がいた。
「
「申し訳ありませんのぉ、コラドス様。今度こそはと思ったのですが、如何せん相手は鬼神族。中々にしぶとく……」
煌びやかな椅子で肩肘をつき、苛立ち混じりの声で目の前に立つ老体に物申すのは、龍神族の王子コラドス・サクリファだ。
「言い訳は聞きたくない。サルエロ、貴様はフィテロが俺様に何をしたのか忘れたのか? 龍神族の王子であるこの俺様に何をしたのかをっ」
自らの期待に応えないサルエロに、コラドスは声を荒らげ、尻尾を床へと叩きつけた。
固く頑丈な素材で出来ているはずの床は簡単に壊れ、周囲にその破片を散らせる。
重量感溢れる龍神族の尻尾は
龍神族の尻尾はさながら生まれながらに備わっている凶器のようなもので、それに比べたら
「いえ、決してそのようなことは……しかしですな、どうやらフィテロにも協力者というか仲間のような者がいるようでして……」
「……それはあいつが創設した鬼善隊とは別口なのか?」
「はい、調べたのですが鬼善隊ではないですな。妙なエルフの女です」
「妙とは?」
「そのエルフ、人間族の子供を育てているようでして。常にフィテロと行動してるというわけではないのですが、なにやらフィテロを手助けしているような感じですな。フィテロと一緒にいないときは子供と共に街を訪れているようで」
「そんなくだらん情報などいらん。邪魔ならそのエルフごとさっさとフィテロを葬り去ればいいだけのことだろうが」
フィテロを消せるのならエルフの一人や二人巻き込もうとも関係ない。ましてやフィテロに手を貸すものなど死んで当然。それほどにコラドスはブチギレていた。
「次こそは必ずや。ところでコラドス様、少しお聞きしてもよろしいですかな?」
「なんだ?」
「フィテロを暗殺するという件についてなのですが、お父様、ドラゴス様はご存知なのですかな?」
「さぁな。なんだ? 俺様の命令だけじゃ心配だとでも?」
「いえ、滅相もございませぬ。ただ、もしもの話ですが、鬼神族を暗殺したことが明るみに出た場合、ちとややこしくなるのではと。そうなったならばドラコス様のお手を煩わせる可能性も出てくるかと思った次第です」
「ふ、そんなことか。いいか、俺様が唯一父に教わったこと、それは「舐められるな」だ。我々龍神族は数多の種族の中でも頂点に君臨する、誇り高き種族だ。そんな種族の王の息子が大衆の場で恥をかかされたのだ、なにもしない方が叱られるというもの。必ずケジメはつけさせる」
話しているうちにあの日の出来事を思い出してきたのか、コラドスは次第に語気を強め、目も血走りだした。
「コ、コラドス様、今日はもう一つお耳に入れておきたいことがあります」
このままではコラドスの怒りの矛先がすべて自分に向きかねないと危惧したサルエロは、咄嗟に別の話題を出す。
「なんだ?」
「実は以前ダンジョンで発見した魔法書の解読が進みまして」
「ほう。して、魔法書の内容は?」
上手いこと話に食いついた。
サルエロは心の中で「よしっ」と小さく拳を握った。
「古い召喚陣でした。いつでも発動することはできますが、いったいなにを召喚できるのかはもう少し調べてみないとわからんですな」
「ふむ。しかしそれを発見したダンジョンの難易度を鑑みるに、それなりのレベルのなにかを召喚できるのは間違いあるまい」
「未だ踏破されていない上級ダンジョン『ハルフンサ』で発見された物ですからな、かなり期待はできます」
「そうか。ん? ――ふ、ふはははっ、いいな、面白いことを考えた」
何かを思いついたように、急に笑いだすコラドス。その笑いには明らかに悪意が含まれていた。
「すぐにその召喚陣を発動して、それをフィテロへとぶつけろ」
「ですが何が召喚されるのか、我々に危険はないか、もう少し調べてみなけれ――――」
衝撃音がサルエロの言葉を遮った。コラドスが尻尾を再び床へと叩きつけた音だ。
「いいからやれ、サルエロ。我々は龍神族だ、何を恐れる必要がある。 もし制御できぬのなら滅するだけの話だ。違うか?」
「い、いえ、おっしゃる通りです。すぐに始めます」
サルエロはコラドスに背を向け、そそくさとその場を後にした。
(あー、ワシのバカバカバカっ。なぜ余計なことを言ってしまったのか……今のコラドス様に魔法書の話をしたらこういう展開になることは容易に予想できたろうに)
サルエロは軽はずみに魔法書の話をしてしまったことを内心後悔していた。
ダンジョンで発見される物は未だ解明が進んでいない未知の物が多い。
どこかの小国がダンジョンで発見した魔法書の通りに召喚陣を描き、見たことのない魔物を招いてしまい、その結果一夜にして国が壊滅状態になった。そんな話すら聞いたことがある。
伊達に長く生きていないサルエロは、そういったダンジョン絡みの話をいくつも知っていた。
だからこそ、慎重に魔法書の解読を進めていた。
しかし、まだ年若いコラドスはそのことを知らない。
仮に教えたとしても、今の頭に血が上っているコラドスを納得させるのは不可能であることを、幼い頃から付き従っているサルエロは誰よりも理解している。
(せめて扱いやすい魔物が召喚されることを祈るばかりじゃな……)
玉のような汗をかきながら、祈るように部屋を後にするサルエロだった。
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