稽古
ウルティナとメリィ、テンテンを外に残して、エリーシャとフィテロは家の中へ。
「で、あの子の稽古をつけてほしいってのはわかったんだけど、具体的に私は何を教えればいいのかしら?」
フィテロは案内されたテーブル前の椅子に腰掛け、エリーシャが淹れてくれたお茶を一口啜ってから尋ねた。
外ではウルティナが楽しそうに庭を駆け回って笑う声が聞こえてくる。
「そうだな、お前には主に体術を教えてほしい。
以前屋敷で戦ったとき、エリーシャはフィテロのその身のこなしに関心を覚えた。
加減していたとはいえ、自分の攻撃を上手くいなしつつ反撃までしてきたその動きに。
だからウルティナの体術を次のステップに進めると決めたときに、真っ先にフィテロのことが頭に浮かんだ。
「まぁ、それくらいなら構わないわよ」
王になれと言ったり、娘の稽古をつけてくれと言ったり身勝手な話ではあるが、フィテロもエリーシャの娘自慢を聞いてるうちに、ウルティナに少しばかり興味を持つようになっていた。
この鬼神族すら圧倒するほどの力を持つエルフが溺愛する娘が、どんな者なのかと。
「それは良かった。空いてる時でいいから、これからもちょくちょく来てくれると助かる」
「それに関しては、一つ条件があるわ」
そう言いつつ、フィテロはエリーシャの前に人差し指をピンと立てた。
「なんだ?」
「稽古をつける場所よ」
「ん? ここでは何か不都合か?」
終わりの森に他の者が入ってくることは滅多にない。
例え何か目的があって入ってきたとしても、エリーシャが住む家があるこの場所までたどり着くのは難儀することだろう。
だからこそ、ここなら人目を気にせず思う存分力を発揮できるし、稽古にはもってこいの場所だとエリーシャは考えていた。
だがそんなエリーシャに対して、フィテロは軽く溜め息をついてから口を開いた。
「……あなたねぇ、ここが周囲の国でなんて呼ばれてるかわかる? 『終わりの森』よ!? 毎回こんな危険な所に来るのは大変なのよ! せめて場所を変えるか、送り迎えを要求するわ」
「別にそれは構わないが、お前なら心配は要らないと思うのだがな」
なんだかんだ言いつつ、エリーシャはフィテロの実力を認めているし、ある程度信用もしている。
それは大事な娘であるウルティナの稽古をお願いしていることからも明らかだ。
「そりゃSランクくらいだったらまだいいわよ。その気になればどうとでもなるでしょうね。けどね、あなたの飼ってるあの山羊クラスの魔物と遭遇したら、私だってどうなるかわからないわよ」
先ほどメリィを見たフィテロは、そのヤバさをひしひしと感じていた。
二年前に街で会ったときにはエリーシャが魔力を巧妙に隠していたので気付かなかったが、今回見たのは自然体のままのメリィだ。
魔力に満ちた終わりの森でも、その力ははっきりと強く感じられた。
「心配しないでもこの森にメリィ以外のSSSランクの魔物は、片手で数えられるほどしか棲んでないぞ?」
片手で数えられる。それはつまり五体前後は確実にいるということ。確かに終わりの森の規模を考えれば少ないのかもしれない。
だが、
「 あなたの常識で考えないでちょうだい!! SSSランクの魔物に遭遇するかもしれないっていう状況がとんでもなく異常なことなの。普通に生きてたらSSSランクなんて、絵本の中とか童話の中以外では出てくることのない生き物なんだからね!?」
何か問題あるか? と、あっけらかんと答えるエリーシャに、フィテロは少し声を荒らげて答えた。
最強の種族の一角を担う鬼神族ですら躊躇する魔物、それがSSSランクという怪物なのだ。
「わかったから落ち着け。距離が近いぞ」
エリーシャは近づいてくるフィテロの顔を右手でグイッと押し退け、左手で茶を啜る。
「お前の言いたいことは理解した。次からは妾が送り迎えしよう。そもそもお願いしてるのはこっちだからな。それで問題ないだろう?」
「は、ほれはらひぃへろ。 (ま、それならいいけど)」
「なんて言ってるか聞き取れないんだが?」
「あんたが顔をグイッてするからでしょーがッ!!」
「騒がしいやつだ。とりあえず妾達はウルちゃんが戻って来るまで、今後の話でもして待つか」
稽古をつけてもらえることが決まったその後は、ウルティナの遊びが満足するまで二人でお茶を啜りながら、いかにしてこの国を変えていくかの話を進めていくことに。
なお、途中からはウルティナがいかに可愛いかといった、親バカな話になってしまっていたが。
◆
「これからあなたの稽古をつけることになったから、ひとまずは自己紹介をしましょうか。私はフィテロよ。そうね、気軽にフィテロお姉ちゃんとでも呼んでちょうだい」
家の前の庭。
メリィとテンテンと遊び終えたウルティナが、体育座りをしながらフィテロの話を聞いていた。
さっきまでさんざん走り回っていたが、まだ稽古をする体力は十分な様子。
少し離れた木陰の下では、エリーシャもその姿を見守っている。
(あいつ、お姉ちゃんなんて歳でもないだろうに……)
また騒ぎそうなので今は口に出さないが、後で少しからかってやろうかと思うエリーシャだった。
「ウルはね、ウルティナっていいますっ! きがるにウルってよんでねっ! えへへ~」
はいっ! と、元気に手を上げたあとで、ウルティナも自己紹介をきっちりとする。
「ふふ、元気でいいわね。じゃあウル、早速始めるけど私は厳しいわよ? ついてこれるかしら?」
「ウルがんばるっ! よろしくおねがいしますっ」
「いい返事ね。じゃあまずは手始めにどれだけ動けるかみたいから、私に一発でもいいから攻撃を当ててみなさい。手加減はいらないから、全力でね。どんな手を使ってもかまわないわよ」
「ほんとうにいいの? フィテロおねぇちゃんがおけがして、いたいいたいってならないかなぁ……」
今までウルティナは魔物以外の生きてる者に攻撃をしたことがない。
相手がいいと言っているとはいえ、本当に攻撃してもいいものなのか戸惑っていた。
「大丈夫よ。 私、こうみえて結構強いんだから。余計なこと考えないで、本気できなさいな」
フィテロは腰をやや落とし気味にして戦う構えを見せる。
「で、でもぉ……」
それでもやはり攻撃することに抵抗を捨てきれないウルティナを見かねたフィテロは、拳を空高く上げ、
「――――ふんッッ!!」
それを地面に叩きつけるように振り落とした。
直後、周囲にはグラグラと衝撃が駆け巡る。
衝撃は地中の深部まで響き、まるで森全体が揺れているかの様だった。
これの狙いは、ウルティナに自分の強さを示し、どんな攻撃をされても大丈夫な人ということを印象付けることだ。
「わぁ、す、すごい! じめんがぐらぐらしてるっ!」
ウルティナはというと、揺れる地面に倒れないように、両手を水平に伸ばしながらバランスをとって面白がっていた。
「これで少しは私の実力を信じてもらえたかしら? さぁ、遠慮なくきなさいウル!」
揺れは三十秒ほどで収まり、再びフィテロが構えた。
「よぉし、じゃあえんりょなくいっくよぉ!」
フィテロの思惑通り、今の普通ではない光景を目の当たりにしたウルティナは彼女を強い人認定した。
地面を力強く踏みしめて、勢いよく駆けだしていく。
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