一角魔天馬
「……はぁ? 稽古? 緊急事態って書いてあるから来たのに、稽古って……嘘よね?」
フィテロは手紙をひらひらさせながら、エリーシャへと再度詰め寄る。
「嘘ではない。ウルちゃんの体術の特訓を次のステップへ進めようというのだ、緊急事態であろうが」
鼻息荒いフィテロに、エリーシャはさも当たり前といったように平然と返す。
「あなたねぇ…………ハァ、もう来ちゃったし仕方ないわね」
ここ数ヶ月でエリーシャの親バカ具合をある程度理解していたフィテロは、無駄な抵抗をするのはやめて早々に諦めるのだった。
「ではひとまず家に入ってくれ。茶でも淹れよう」
「あ、それなら。――――はいこれ」
フィテロがポケットから出した布袋をエリーシャへと手渡す。
「む、これは?」
「茶葉よ。あなたが初めて私の屋敷を襲撃した日に出したのと同じやつ。ずっと渡しそびれてたから、持ってきてあげたの」
「おお、わざわざすまない。だが襲撃とは言い方にずいぶんと刺があるな」
「どう考えたって襲撃って言葉がピッタリよ。それと出来ればこの子にも水を出してもらえる?」
そう言って、フィテロは自らが乗ってきた一本角の馬を撫でる。
「ほう、そいつは
Sランクの魔物、
この魔物は天に聳え立つ浮遊島【スカイ】にしか生息しない珍しい種の魔物で、仲間以外には懐き難く飼い慣らすのは困難とされている。
「でしょ。この子は赤ちゃんのときから私が育ててて、名前はテンテンっていうの。――――さ、いきましょうか」
手綱を引っ張り誘導しようとするフィテロだが、ここで異変に気付く。
「――――ヒヒィン」
「ちょ、どうしたのよテンテン?」
動かない。
テンテンはその場で根を張ったように固まり、一点を見据えてプルプルと震えている。
その視線の先にいるのは、
「……メェ」
メリィだった。
同じ魔物同士で警戒しているのか、メリィはテンテンを低い鳴き声で威嚇していた。
「…………なによこの魔力?」
テンテンの視線をたどり、フィテロもメリィの異質な魔力に気付く。
(テンテンが怯えるなんて…………この山羊の魔物、とんでもないわね。ん? 山羊?)
メリィを見たフィテロはとある魔物の名前が頭を過った。
「もしかしてだけど、この子、
山羊の魔物は数多いるが、Sランクの
「正解だ、よく気がついたな。今は小さくなってるが正真正銘の
「凄いわね……
本能的に実力の違いが理解できるのだろう。
テンテンの震えは益々大きくなっていた。
「――――こらメリィ、なかよくしないとだめだよッ!」
その時だった。
テンテンが威嚇されて怯えているのに気づいたウルティナが、メリィの額をペシンと軽く叩いた。
「メ、メメェ、メェ……」
途端にメリィは態度を変えて、焦ったように威嚇するのをやめた。
弁解するかのように、ウルティナにすり寄る。
「なかよくできる?」
「メェ!」
「じゃあいっしょにテンテンにあやまりにいこうね」
ウルティナがメリィを連れて、テンテンへと近づいていく。
威嚇をやめたからか、ウルティナが一緒だからか、もうテンテンの震えは止まっていた。
「ママ、ウルはメリィとテンテンとあそんでてもいい? おみずもウルがよういするの!」
「大丈夫だ。妾たちは家で少し話してくるから、遊び終わったら戻ってくるといい。それと、怪我をしないように気をつけるんだぞ?」
「はぁい!」
返事とともに、さっそくテンテンをわしゃわしゃと撫で始めるウルティナだった。
「ほれ、妾たちはいくぞ」
「…………凄いわね、あの子」
伝説とまでいわれるSSSランクの魔物が、五才児に怒られて素直に言うことを聞くなんてありえない光景を見せられて、フィテロはただただ驚愕していた。
「ふふ、妾の可愛い娘だからな」
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