手紙



 終わりの森にそびえる、大樹をくり貫いて作った家。

 庭は子供が思いきり走り回っても問題ないくらいの十分な広さで、その一画には小規模ながら畑まである。


 そんな庭先で、大きな影と小さな影が激しい攻防を繰り広げていた。



「ふっふん、そんなんじゃウルのみずふうせんは、われないよ」



 小さい方はウルティナで、大きな方はエリーシャが魔法で造り出した魔導土人形ゴーレムだ。

 両者の頭上には魔法で作り出された水風船がふよふよと浮いている。


 これは体術を鍛える為にエリーシャが提案した特訓で、風船を割って、水を被った方が負けというルールのもと戦っている。

 もうすでにこの修行を始めてから、数ヶ月の時が経っていた。



「はい! きょうもウルのかち~!」



 魔導土人形ゴーレムの攻撃を小さな体を上手く使ってかわしつつ、頭上にある水風船を割ったウルティナが、エリーシャに向かって人差し指と中指を立てながら、にへらとはにかんだ。



「ふむ。中々に身のこなしがさまになってきたな。さすがは妾の娘だ」


「えへへ、きょうでむはいの、じゅうれんしょうなのッ!」


「ふふ、よしよし」



 動かなくなった魔導土人形ゴーレムの腕をスベりながら降りてきたウルティナが、勢いそのままにエリーシャの胸へと飛び込む。


 最初の方は勝ち負けを繰り返していて、ずぶ濡れで帰ってくることも珍しくなかったが、ここ最近のウルティナは連勝街道まっしぐらだった。



(もう魔導土人形ゴーレムの攻撃は軽々とかわせるようになってきたか。そろそろ本格的な実戦相手が欲しいところだな)



 エリーシャはウルティナの体術の特訓を次の段階へと進めようとしていた。


 魔導土人形ゴーレムのような単調な動きだけではなく、生き物の動きにも慣れさせたいと考えていたのだ。



(う~む……しかし、妾は体術の心得はないからなぁ…………)



 上は山よりも大きく下は小石ほどの小さなものまで、今まであらゆる化物と戦ってきた経験を持つエリーシャではあるが、その大部分は魔法ありきの戦い方だ。


 身のこなしに自信がないわけではないが、人に胸を張って教えられるかといわれれば微妙なところであった。



(――――ん!? そうか、あいつに頼めばいいではないか)



 ふいにいい考えが浮かんだエリーシャ。善は急げと、ウルティナを抱きかかえたまま家に戻り、なにやら手紙を書き始めた。


 ◆




「あ、またむしさんにたべられちゃってる」



 あくる日、庭で育てている野菜の見回りをしていたウルティナが、野菜を食い荒らす虫を捕まえて呟いた。



「むぅ、せっかくおおきくなってきたのにぃ。ねぇメリィ」


「……メェェ」


「こうなったら、もっとみまわりのじかんをふやさないとだね!」


「メェェ!」



 野菜を虫から守る為の菜園の見回りは、ウルティナとメリィの日課である。

 メリィもこの作業には慣れたもので、器用に舌を使って虫を除去していく。


 一見すると虫を見つけては取り除くという単調で地味な作業ではあるが、ウルティナはメリィと一緒に責任感を持ってやっていた。

 苦労して大事に育てた野菜が食卓に並び、それを母と一緒に食べるのがとても楽しみなのだ。



「ふいぃ~、これできょうもわるさをするむしさんをぽいぽいできたね!」


「メメェ!」



 額から流れる汗を拭う。

 見落としがないようにしっかりと見回り、今日も野菜に悪さをする虫の除去を終えた。


 そんなゆるりとした、いつも通りの平和な昼下がりのことだった。

 家の周囲に張ってある結界内に訪問者が現れたのは。



「あらあら、結構大きくなったわね?」


「ん? …………あーッ、あのときのひと!!!」




 反射的に声がした方を向くと、そこに居たのはウルティナも見知った女性。

 翼の生えた一本角の馬に跨るその女性は、以前街で獅子族の男に絡まれてるところを仲裁してくれた、鬼神族のフィテロだった。

 

 もう二年ほど前のことではあるというのに、ウルティナはしっかりとフィテロのことを覚えていた。



「よかった、覚えててくれたのね」


「うん! ウルね、ずっとありがとうっていいたかったの! たすけてくれてありがとうね!」


「気にしないでいいのよ。あのときも言ったでしょ? 悪いのはあいつなんだから。それよりもママはいるかしら?」


「――――妾ならここにいる」


「あ、ママ!」



 ウルティナは母を呼びにいこうとしたが、エリーシャはすでにこちらに向かって歩いて来るところだった。



「あなたねぇ、急に呼びつけたまではまぁいいんだけどね………………なんて場所に住んでるのよッ!」



 フィテロは乗っていた馬の背から下りて、エリーシャへと詰め寄った。



「と言われてもな……ここが妾とウルちゃんの家なのだが。それよりも、なぜお前はそんなにボロボロなのだ?」



 見ると、フィテロの軍服は所々破けていて、髪には泥や木の枝がついている。全体的にくたびれた様子だ。



「魔物に襲われたのよ、魔物に!!!! なによここは! そこら中にSランク超えの魔物がうろついてるんですけど!? 危うく食べられるところだったわよッ!」



 終わりの森はこの世界でも屈指の危険地帯。

 いくら鬼神族のフィテロといえども、気軽に来れる場所ではない。



「まぁ無事に着いたし、よかったではないか。妾はお前なら大丈夫と思って呼んだのだ。ピーピーと喚くんじゃない」



 騒ぐフィテロに対し、ぞんざいな対応をするエリーシャ。

 フィテロを王にするという話をしてからというもの、二人は何度か夜に会って話し合いを進めている。

 そのおかげか、二人はお互いに軽口を聞けるくらいには馴染んでいたのだった。



「ハァ…………もういいわよ。それで、こんな手紙が届いたんだけど、なにがあったのよ?」



 それはエリーシャがフィテロ宛に出した手紙。


 その手紙には【緊急事態発生、至急来られたし】とだけ書かれていて、それと一緒にこの場所と結界の入り口を示す地図が添えられていた。



「ああそのことなんだがな、お前にはウルちゃんに体術の稽古をつけてほしいのだ」


「…………はぁ?」


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