ふみふみ



「うふふ、おいしそうだねぇ〜」



 メラメラと燃え盛る火の前で、ウルティナが涎をジュルリと垂らす。

 その火の中には今日釣った魚たちが、串に刺さって焼かれていた。


 せっかく魚を釣ったので、晩御飯はこの湖でバーベキューをすることに。


 魚以外の他の食材はウルティナとメリィが遊んでるうちに、こっそりエリーシャが狩ってきたものだ。



「コラコラ、そんなに火に近づいては熱いだろウルちゃん。もう少し離れるんだ」



 エリーシャは火を見つめるウルティナをヒョイと抱き上げ、少し後ろへと下がらせた。



「まださかなさんやけないの、ママ?」



 自分で釣り上げた魚だからか、バーベキューが初めてだからか、いつもの食事よりも興奮気味のウルティナ。



「もうすぐだ。ではウルちゃんには最後の仕上げを頼もうか」


「これはなぁに?」



 ウルティナに手渡されたのは小さな布袋。



「それは塩だ。よくトマトにかかってるだろ?」


「あのしょっぱくておいしいやつだね! これをさかなさんにかければいいの?」


「そうだ。でもあまり近づいたら危ないから、気をつけてかけるんだぞ?」


「はぁい! メリィてつだってぇ!」


「メェェ!」



 ウルティナはメリィに跨がり、火の上からパラパラと塩を振りかけていく。



「あんまり火に近づき過ぎると、晩御飯がメリィの丸焼きになってしまうぞ」


「メ、メ、メメェ~……」


「あはは、だいじょぶだよ、メリィ」



 あわてふためくメリィをウルティナが宥める。


 無論こんな普通の火で神山羊エアレーのメリィがダメージを負うわけはないのだが。

 人間族であるウルティナとずっと一緒にいたせいか、メリィもすっかりウルティナ基準の考えになっていた。

 もはや自分がSSSランクのヤバい魔物ということすら忘れてしまっているのかもしれない。



「えへへ、おそとでごはんたのしいね! ママ、ウルのおしおかげんはどう?」



 夜空の下でこんがりと焼けた魚にかぶりつく。

 ウルティナはとても旨そうにもぐもぐと魚を食べ進めていく。



「うむ、絶妙な塩加減だ。この味は中々出せるものじゃないぞ。ウルちゃんは料理の才能もあるかもな」


「でしょ~、ほらメリィもたべて、ウルがつったさかなさん!」


「メェ!」



 一匹、二匹と、メリィも魚を平らげる。



「ふふ、いいたべっぷりだねメリィ! あれ? あっちでなんか光ってるよママ!」



 魚を食べ終えたウルティナが湖のほとりで、闇に紛れて無数の小さな光がふよふよと浮かんでいるのを発見した。



「ほら! あっちにも! あ、こっちにも!」



 焚き火に夢中で気づきにくかったが、目を凝らして見るとそこかしこにその光は浮遊していた。



「あれは魔蛍オピカリだな」


「おぴかり?」


「ああ、夜になるとお尻が発光する虫型の小さな魔物だ。害はないから安心していい。そうだちょっと見ててくれ」



 エリーシャはその場から立ち上がると全身から魔力を放出した。

 するとエリーシャの周囲に魔蛍オピカリが大量に集まり始める。



「わぁ! すごいすごい! おぴかりさんがたくさん! どうやってるの!?」


魔蛍オピカリは強い魔力のある所へと引き寄せられる性質を持つ魔物なんだ。だからこうして魔力を出すと集まってくる」


「たのしそうっ! ウルもやってみよっと」



 ウルティナも母の真似をして魔力を放つと、徐々に魔蛍オピカリが集まりだす。その光はひとつひとつは弱いが、これだけの数がいると焚き火の明るさにも負けないくらいだ。



「きれいだね、ママ!」


「ああ、そうだな」



 優しい光に包まれながら夜は更けていく。また絶対来ようねと約束して、初めてのピクニックは終わりを迎えた。


 ◆




 ――――ピクニックから帰ってきた翌朝。



「んむぅ……………あ! あれって」



 ウルティナが目を覚ますと、家の庭でエリーシャがなにやら木製の大きな器を準備していた。



「ママ! おはよう」


「ああ、おはようだウルちゃん」


「それをだしてるってことは、もしかして……」



 ウルティナの視線は、エリーシャの足元にある器に釘付けになっていた。



「ふふ、そうだ。――――ウルちゃんに妾から仕事の依頼だ」


「やったぁ! するのひさしぶりだね! ウル、あしあらってくるね!」


「妾はそれまでに準備しておく。慌てないでいいからな」


「――――はぁい!!」



 ウルティナはエリーシャの言葉を聞き終える前に、足を洗いに水瓶がある場所へと走っていってしまった。



「いっくよぉ! えいっ!」



 庭に用意されていたのは大きな木製の器で、その中には大量のトマトが入っている。

 足を洗い終えて戻ってきたウルティナは、そのトマトの上に足を踏み入れた。



「ふみふみ、ふみふみ、ふみふみ~」



 足をふみふみと小刻みに動かし、上機嫌にトマトを踏み潰していく。



「ふふ、ウルちゃんは本当にそれが好きだな。まぁ妾は助かるが。これでまた美味しいトマトの調味料ができるな」


「えへ、まかせて! ふみふみ、ふみふみ、ふみふみ~」



 それはウルティナが四才の頃。


 エリーシャが調味料を作るためにトマトを潰していたのを見て、自分もやってみたいと言い出したのが始まりだった。

 幼いウルティナにはエリーシャが遊んでいるように見えたのだろう。


 それ以来、トマトを潰すのはウルティナの仕事となったのだった。



(ふふ、本当に楽しそうにやるな。見てる妾までニヤケてしまう)



 鼻歌を口ずさみながらトマトをどんどん潰していく娘にほっこりとしつつ、エリーシャはそのトマトをテキパキと瓶に詰めていく。


 その日の食卓には、トマトの調味料をふんだんに使ったものが並んだとか。


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