ピクニック
「ママ、おきてぇ、あさだよ!」
「おふっ……お、おはようだウルちゃん。随分と早起きだな」
ピクニックが楽しみすぎてエリーシャよりも早く起きてしまったウルティナが、まだ眠っている母の胸元へとダイブした。
「えへへ、きのうはてるてるさんをつくってすぐにねたからね! ほらおそとみて!」
眠気眼で外を見るエリーシャ。ちょうど太陽の光が部屋に射し込んでくる。
「うむいい天気だな。絶好のピクニック日和だ」
「でしょ! てるてるさんのおかげなの!」
「ウルちゃん、てるてるさんとはなんなのだ?」
「あそこにぶらさがってるのみて!」
ウルティナが指差したのは部屋の窓際。そしてそこにはなにやら白い布を被った人形が、首から紐を伸ばしてぶら下がっている。
「あれはウルちゃんが作ったのか?」
「うん! てるてるぼうずっていってね、いいおてんきにしてくれるの!」
「そうか。じゃあ今日いい天気なのはウルちゃんとてるてるさんのおかげか。いい子だ」
よしよしと、抱きつくウルティナの頭を優しく撫でる。
「ママあったかくていいにおいがするぅ」
「ふふ、ウルちゃんの方こそ暖かくていい抱き心地だぞ? 妾はもうウルちゃんが居ないとぐっすり眠れないかもだ」
「そうなの? でもだいじょうぶだよ、ウルとママはずぅっといっしょなの!」
「……ああ、そうだな。――――ずっと一緒だ」
ウルティナを抱き締める手に無意識に力が入る。
何気ない会話ではあったが、いつか訪れる別れの時を意図せず想像してしまった。
「あは、ママくるしいよぉ」
「っと、すまなかった。じゃあ妾はお弁当の用意をしてくるから、ウルちゃんは着替えたらメリィと遊んで待っててくれ。すぐに出発だ」
「はぁい!」
「メェ~!」
◆
楕円形の大きな湖。
周囲には草花が生い茂り、多くの小動物が棲息している。
今回エリーシャがピクニックに選んだ場所は、南の都『ラニグリア』の外れにある大森林、『ウズラノ森』だった。
終わりの森にも湖は存在しているが、周囲の魔物に警戒したりしなければならないことを考えると、まったりピクニックをするには向いていなかった。
無論、魔物からウルティナを守りきる自信はあったが、そんな所で気を張りながらではせっかくのピクニックが台無しだ。
だから少し遠出して、安全な場所まで飛んできたのだった。
ウズラノ森ならそこまで強力な魔物は出ないことに加えて、ここなら一番近くの街からもかなり離れているので他者と会う可能性も低い。
「わあぁ~、 すごいっ!! おおっきいみずたまりみたいだねっ!!!」
初めて見る湖に大興奮のウルティナ。今にも走り出していってしまいそうだ。
「そうだろう。この中には沢山の魚が棲んでるんだぞ? どれ、妾は少し準備をしてくるからメリィと一緒に遊んでくるといい。くれぐれも怪我をしないように気を付けてな。それと奥の方は深いから行っちゃ駄目だぞ」
「はぁい! ――――いくよメリィ」
「メェ~!」
(楽しそうでなによりだ。湖でこれなら今度は海に連れて行こうか。ふふふ、ウルちゃんの驚く顔が浮かぶようだな)
ウルティナが海を見たらどんな反応をするだろうか、そんな平和な考えを思い浮かべながら、エリーシャは湖のほとりでせっせと準備に取り掛かっていく。
◆
「ママ、ママ!」
「ふふ、これはまた随分と派手に遊んだものだな」
小一時間程でエリーシャの元へ戻ってきたウルティナとメリィだが、その体は湖の水でビショビショに濡れていた。
初めは足だけ入って遊んでいただけだったのに、気づけばメリィとの水かけっこに夢中になり服を着てるのすら忘れていたようだ。
「みずのなかにね、さかなさんがいたのっ!! がんばってつかまえようとしたんだけどね、にげられちゃった。ね、メリィ?」
「ブェ゙メェ」
「きゃっ、冷たいよぉメリィ」
メリィが体をブルブルと振り、水飛沫がウルティナへと飛ぶ。
「楽しそうでなによりだ。ほらウルちゃんこっちにくるんだ。風邪を引いたら大変だぞ」
持ってきていたタオルを使い、お風呂上がりの時と同じ要領でウルティナの体を拭いていく。
「えへへ、ふかふかできもちぃ」
「後はそこに火を焚いてあるから、暖まるといい。乾いたらまったり釣りでも楽しもう」
「はぁい! メリィもこっちおいで、あったかいよぉ」
「メメェ~」
焚き火にあたり暖を取る。
木がぱちぱちと音を立てて燃えるのを耳で楽しみながら、普段は見ることのない景色を眺めているといつの間にか濡れた体と服はすっかり乾いていた。
「かわいたよママ~! ってあれ、なにしてるの?」
そう尋ねるウルティナの視線の先では、エリーシャが木の根元でなにやら穴を掘っている最中だった
「あぁ、魚を釣るにはエサが必要なんだ。だから今それを調達してたんだ、ほら」
そう言ってエリーシャは手元にある大きな葉っぱを見せた。その葉っぱの上にはウネウネと動くヒモ状の生き物が沢山蠢いている。
「あ、みみずさん!」
それは家の畑仕事を手伝っているウルティナも見慣れた生き物、ミミズだった。
「これをこうして、針につけて……と。よし、これで準備は完了だ」
二本用意していた釣竿の短い方を娘へと手渡す。
これはエリーシャが小さいウルティナでも扱えるように作った特別製だ。
ミミズを湖へとそっと投げ入れる。
「いいか、竿の先をよく見て、ビクビクと動いたら思いっきり引き上げるんだ」
「まかせてっ!」
釣りは初体験のウルティナだが、何故か自信満々の様子。
小鳥のさえずりを聞きながら、竿の先端を見つめて反応をじっと待つ。
先に反応があったのはウルティナの竿だった。竿が大きくしなる。
「きたのっ! ――――んぅっ、えいっっ!!!!」
母の教えの通り、勢いよく竿を引き上げる。
「お、早速釣れたではないか。これはブヤだな」
「ぶや? このまえたべたのとはちがうね?」
「そうだな、だけどこの魚も美味しいんだぞ」
「おいしいならたべるのがたのしみっ! それとママ、これってもしかしてこのみずうみのぬしかな? どうかな?」
糸を手繰り寄せ、魚を手元に持ってきたウルティナが目をキラキラさせながら尋ねる。
魚の大きさは十五センチくらいの、まだ成長の余地を残した小さめの個体だった。
ブヤは大きいものだと一メートルを超える個体も出てくる魚なので、お世辞にもヌシとは言い難い。
「そ、そうだなぁ……」
言葉に詰まるエリーシャ。
釣りと聞いてから、ウルティナは何故かヌシを釣り上げることにこだわっていた。
それというのもちょうど今読んでいる物語の内容が、主人公が冒険の道中で湖のヌシを釣り上げるというものだったからだ。
だがしかし。ヌシはその湖で一番強く大きな個体を示す称号の様なもの。流石に五才のウルティナが釣り上げるのは難しい。
「残念だが、それはヌシではないな」
「そっかぁ、ぬしじゃないんだ」
「そいつはまだ子供だからな。だが将来はヌシになるかもしれないぞ。つまり、結果的にウルちゃんはヌシを釣ったようなものだ。流石は妾の娘だ」
中々に無理のある親バカ混じりの褒め方ではあるが、
「えへへ~、つりってたのしいねぇ!」
ウルティナはわかりやすく喜んだ。
それからもしばらく釣りを続け、さらに数匹の魚を釣り上げていく。
満足するまで釣りを楽しんだあとは軽く昼食を食べて、湖のほとりに生い茂る草花をクッション代わりにしてゴロゴロとお昼寝をしたりと、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
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