王に



「――――はぁ!? あなた今何て言ったのよ?」



 小さな部屋いっぱいに、フィテロの間の抜けた大きな声が響いた。



「ん? 聞こえなかったのか? お前にこの国、エルゾラスの王になってほしいと、そう言ったのだが。む、このお茶なかなか旨いな、後で茶葉の種類を教えてくれ」


「いやいやいや、聞こえなかった訳じゃないわよ! あなたは急に何を言い出すのって、そういう話をしてるのよ! あと、茶葉はお土産にあげるわ」



 エリーシャの突拍子もない発言に、一瞬訳がわからなくなるフィテロ。一人でこんな所まで乗り込んできて、どんな話かと思えばいきなり王になれとは。彼女が呆れるのも無理はない。


 とはいえ、これだけの実力者が言うことだ。何か重大な理由があるに違いない。



「何の為に王になれ、なんて言ってるのかしら? 理由を聞かせてちょうだい。ていうより、なろうと思ってなれるものでもないんだけどね」



 とにもかくにも、フィテロはその真意を尋ねる。



「簡単に説明すると、妾の可愛い娘、ウルちゃんの為だ。この国で力なき種族がどういう扱いを受けているか……お前が一番知ってるだろう?」


「それは私も疑問には思ってるし、気分が悪いのは事実だけど。それと私が王になるって話が結び付かないのよ」


「まぁ聞け。二年前、妾と獅子族との争いをお前は止めたな。それ以来お前のことが少し気になってな、妾なりにお前のことを調べてみた」



 そう言いながら、エリーシャは紙の束をテーブルに置く。

 それは新聞の切り抜きを束ねたもので、書かれている内容はどれもフィテロに関する記事であった。



「あら、こんなに私のことが書かれた記事ばかり集めちゃって。もしかして私のファンかしら?」


「ちゃかすな」


「はいはい、で? こんな記事を見せてどうしたっていうの?」


 フィテロは何枚かの記事を手に取り、エリーシャに話の続きを促す。



「自らの種族を鼻にかけず、平等を重んじて、弱者にも手を差しのべる。相手が貴族だろうが同じ神の名を冠する三種族だろうが決して引かない、弱者の味方、フィテロ・オーガスト。それがお前だ」



 すらすらと、書かれていることを簡潔にまとめて読み上げていく。

 エリーシャがこの記事に書かれていることを信じているのは、実際にソラリスの街で自分達に頭を下げるフィテロを見た、というのが大きな要因になっている。



「もう、だから私のファンなの? そうなんでしょ? 仕方ないわねぇ、サインをあげましょうか?」



 フィテロは自分のことが良く書かれた記事を読み聞かされ気分を良くしたのか、嬉しそうな笑みを浮かべ今にも立ち上がりそうだ。


 そんなフィテロを無視して、エリーシャは話を続ける。



「――――だがこれは流石のお前でも不味かったんじゃないか?」



 エリーシャが束ねられた記事の中から、ある一枚を手に取り見せた。



「……あぁ、それね」



 フィテロはあからさまに顔を曇らせる。


 記事にはこう書かれていた。



 ――――鬼神族フィテロ・オーガスト、龍神族の王、ドラゴス・サクリファの御子息、コラドス・サクリファを殴り倒す。――――



「お前のことだから何か理由があったのだろうが、この記事にはお前が殴ったという事実が書かれているだけだ。それに今回はお前のことが良く書かれたものばかり持ってきたが、実際はその何倍もの数のお前を悪く書いた記事が存在している」


「まぁ私のもっとーは、ある程度の平等だからね。その自分の心に従っただけよ。そのことを貴族や上の連中が良く思っていないことなんて昔から知ってるわ」


「龍神族は何よりもプライドが高く、面子を重んじる種族だ。――――はっきり言うが、お前はこのままだと危ないんじゃないか?」



 このエルゾラス大国においてフィテロのような考えを持つものは異端で、貴族や一部の同族からも煙たがられていた。

 だが彼女は鬼神族。不用意に手を出すことも出来ない。


 しかし、同じく最強の種族と呼ばれる、それも龍神族の王の息子を殴り倒したとなれば話は変わってくる。

 これを機に、フィテロを良く思わない者達が一斉に動いても不思議ではない。彼女に処分を下すにはまたとない機会なのだ。



「まぁ確かにその可能性は否めないけどね。でも私は自分のやったことに対して微塵も後悔なんてないの。あの糞ガキを殴ったことを悪いとも思っていないし。それに私だっていざとなったらタダでやられてなんかやらないわ。その時は全力で抵抗させてもらうだけよ」



 フィテロはいつだって自分の行動に責任を持って生きている。

 その行動の結果命を狙われるのなら、戦うことだって厭わなかった。



「――――ふ、ふふふふ。やはり妾の目に狂いはなかった。お前のようなやつが王になるというのなら、この国はきっと変わる」


「だから、何であなたはそこまでして私を王にさせようとするのよ!?」


「だからさっきも言っただろう? 娘の為だと。ウルちゃんが十才になったら学校に入れようと思ってるんだ。その時に妾の可愛い娘が人間族だからと見下されないような国にしたいのだ」



 ウルティナを学校に入れることは、随分と前から考えていた。

 他者と関わり、同年代の友達を作ったりするには学校が一番だ。

 今回のエリーシャの行動は全て、ウルティナが安心して学校に通って、自分と別れた後も一人にならないようにする為のものだった。



「え、なに? 本当に娘の為だけ? それだけの理由でここまで乗り込んできて、私に王になれだなんて言ってるのッ!?」


「それだけとはなんだ、 妾には何よりも大事なことだ!」


 エリーシャにとっては「それだけ」なんて話ではない。それこそ全てなのだ。


「親バカねぇ……。でもいきなり王なんて、ハードルが高すぎるわ。それに当然あなたも知ってるとは思うけど、エルゾラスは三人の王が治める国なのよ? だから例えその内の一人になったとしても、そう簡単にこの国を変えることなんてできないわよ」



 エルゾラスは神の名を冠する三種族である龍神族、鬼神族、海神族の代表三人が王として君臨する少し変わった国だ。

 国事などは最終的にこの三人の話し合いで決まる。

 故にフィテロが鬼神族の代表として王になったとしても、残りの二人が別の意見ならば国を変えるのは困難と言わざるを得ない。



「妾はそれも疑問に思っていたのだが、王が三人いるというのもおかしな話ではないか?」


「まぁ確かに、他国じゃ聞いたことないわね。でもこの国じゃずっと昔からこの制度だし、それを今更どうこうっていうのも難しいと思うわよ」


「そうか。まぁそこら辺の話は追々詰めるとして。ウルちゃんが十才になるまで、あと五年近くある。それまでに少しずつ変えていけばいい。とにかくだ、お前は王になれ」


「……まったく簡単に言ってくれるわね」



「王になれ」、言葉にするのは簡単だが実現させるにはどれだけの困難を伴うか……

 しかし、この信じられないくらいの強さを誇るエルフが味方につくというだけで、不思議と手が届きそうな気がしてくる。


 実際、フィテロ自身も弱者にどこまでも厳しいこの国の在り方にはうんざりしていた。

 それにエリーシャの言う通り、龍神族を殴り倒したことによって今後自分の身がどうなるかもわからない。

 最悪の場合、暗殺という手段を取られる可能性すら否定できない。いや、かなり現実的にあり得る話だ。


 様々な思考がフィテロの頭を巡る。


 ――――そして、フィテロはお茶を一気に飲み干し、この場で決心した。



「いいわ、あなたの話に乗ってあげる。王になるかはこの際置いといて、この国を変えるという話に協力するわ」



 王になるというのは国を変えるための手段であって、別に他にも方法があるのならばそれに拘る必要はない。

 とにかく国の在り方を変えるという一点において、フィテロはエリーシャの意見に賛同した。



「そうか、いい返事を聞けて安心した。では今日はこの辺でお開きとしよう」


「え? これから作戦会議っていうか、本格的な話し合いが始まるんじゃないのかしら?」


 王になれだのと、人によっては鼻で笑われても仕方がないようなスケールの大きい話だけしたあとで、あまりに自然に帰ろうとするエリーシャに、フィテロは出鼻をくじかれたかのような気分になる。



「早く帰らないとウルちゃんが起きてしまうかもしれないからな。また近々顔を出す」



 そう言い残すと、エリーシャは窓からブワッと飛んで出ていってしまった。愛しい娘の待つ家へと。



「はぁ……本当に帰っちゃった。……娘の為に国を変える、か。ふふ、過保護なお母さんだこと。――――ってか寒っ!」


 エリーシャの親バカっぷりに呆れつつ、一人部屋に佇むフィテロだったが、戦闘で壊れた壁から冷たい風が吹き込み我に返る。



「とりあえずわかってることは、これを一人で片付けるのは無理ってことね」



 なんで屋敷内で戦ってしまったのかと後悔しながら、エリーシャにやられて眠っているであろう部下達を起こしに向かうフィテロであった。


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