負け



 エリーシャが屋敷に侵入してから、小一時間。フィテロの部下達を相手にしていた時間を考えると、フィテロと戦い始めてからは三十分弱といったところか。


 床に散乱するガラス片、いくつもの穴が空いた壁、千切れたカーテン。屋敷内は散々な荒れようだったが、普通に考えて内部で戦闘を行えばこうなるのはあまりに必然だ。


 そんな嵐でも通過したかのような屋敷内で、最初に声を発したのはフィテロだった。



「――――ちょ、ちょ、待って待って、もうあなたの力はわかったから! 私の負けよ負け!!」



 両手を上げ、焦りながら白旗をあげる。そんな彼女の容姿は戦闘前とは些か変わっていて、額からは二本の大きな黒い角が隆起している。

 その姿はまさに鬼と呼ぶに相応しかった。


 そして、見た目以上に変わったのは纏う魔力の質と量だ。魔力を感じ取れる者で、実力の伴わない者だったのなら、尻尾を撒いて逃げ出すレベルの変化だ。



「なんだ、もう終わりか? 妾の体もちょうど温まってきたところだったのだが」



 だがその鬼神族の力をもってしても、かつて終焉のエルフと呼ばれたエリーシャを脅かすことは敵わなかった。



「そう! 私の負け! だからその右手に集めてる物騒な魔力の塊を収めなさいよッッ!! 屋敷どころか、ここら一帯が更地になっちゃうわよ」



 フィテロはエリーシャの右手に渦巻く強烈な魔力の奔流を見て、冷や汗が止まらなかった。

 あれが解き放たれたなら、どれだけの被害が出ることか。



「確かに、これは少しやり過ぎるところだったか……」



 想像以上に自分と渡り合うフィテロとの戦闘が楽しくなってきてしまい、エリーシャは久しぶりに少し本気を出そうとしていたところだった。

 だが力加減を間違えていたことに、言われて初めて気づいた。



「しかしそうは言うが、お前がになれば問題なく防げるのではないか?」



 鬼神族は力を解放するごとに、鬼本来の力と狂暴性を取り戻していく種族だ。遠い過去、鬼神族との戦闘経験があったエリーシャはそのことを知っていた。



「はぁ……そこまで知ってるなんてね。本当何者よあなた」


「お前の同族、鬼神族とは戦ったことがあるからな。もっとも、記憶が薄れる程の大昔だが」


「あなたいったい何歳なのよ……。でも勘違いしないでね、いくら最強の種族なんていわれてる鬼神族といえども、これより上の形態に変化出来るのなんて、一握りの限られた者だけよ」


「そうなのか。だが妾の見立てだと、お前はまだ力を隠してると思ったのだが」


「まぁこれは個人的な考えっていうか……戒めとでもいうのかしらね……。私はもう二度と、何があろうともあの力は使わないって決めてるの。例えあなたにここで殺されようともね」



 過去に何かあったのか、そう答えるフィテロはどこか遠い目をしていた。



「…………そんなことをしたら、ここに来た意味がなくなってしまうだろう」



 無論エリーシャにそんなつもりはない。


 が、フィテロの今までとは違う哀愁漂う雰囲気に一瞬気をとられてしまった。



「それはそうね。で、話って何かしら? これだけ力の差を見せつけられて負けちゃったんだもの、出来る限りで聞いてあげるわ」


「助かる。では早速本題に入らせて――――」


「――――ちょっと待って。その前に場所を変えましょうか。こんな所じゃ落ち着いて話せないでしょ?」



 エリーシャの言葉を遮ったフィテロは、戦闘でしっちゃかめっちゃかになった部屋を見回し、肩をすくめる。



「妾はここでも構わないが?」


「私が嫌なのよ! ほら、ついてきて!!」


「わかった」



 言われるままにフィテロの後ろをついていく。

 そしてエリーシャが案内されたのは、奥にあるこぢんまりとしたシンプルな部屋だった。見たところ、ここまでは戦闘の被害が及んでいない様子。



「うーん、やっぱりこの部屋は落ち着くわね。お茶を淹れてくるからちょっと待っててちょうだい」


「あ、ああ」



 エリーシャはフィテロの自分への対応に面食らっていた。


 流石にいきなり屋敷に押し掛け、部下を戦闘不能にして、部屋を荒らし、ましてや戦闘が終わった直後。

 実力を示せと言ってきたのはフィテロだが、エリーシャも随分自分勝手なことをしているという自覚はある。


 正直、今日話を聞いてもらうのは難しいかもしれないとも思っていた。


 だがフィテロの元々の性格なのかはわからないが、エリーシャのことを恨んだりしてる風には見えない。



「はい、私の自慢のお茶よ! あとこれはおつまみね」



 そんな考えのエリーシャをよそに、機嫌よくテーブルにお茶とお菓子を並べていくフィテロ。その様子はまるで、知人を茶会に招いたかのようで、しまいには鼻唄まで聞こえてくる。



「お前は怒ってないのか?」


「そりゃ、屋敷もメチャクチャになっちゃったし、多少は思うこともあるけどね。でも負けたのは私だし……それにあなたは誰も殺してない。戦ってる時だってずっと手加減してたでしょ? 私、あんなあからさまに手加減されたのなんて物心ついてから初めてだったの。そしたら何だか面白くなってきちゃってね」


「ふふ、やはり変わったやつだ」


「よく言われるわ。さて、じゃ早速あなたの話を聞こうかしら?」



 フィテロはエリーシャの対面に座り、お茶をズズっと一口啜った。


 かくして、深夜のエルゾラスの首都ゾフィールで、終焉のエルフと鬼神族フィテロの最初の話し合いが始まった。

 この二人の話し合いこそが、後にエルゾラス大国の在り方を大きく変えるきっかけになるのだった。


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古の化物が跋扈する地獄を生き抜いた【終焉のエルフ】〜人間の赤子を拾い、母性に目覚める〜 あんてんしぃ @anten

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