侵入者
――――ある日の昼下がり。
「ねぇママ、なにみてるの?」
小難しい表情をしてるエリーシャに、ウルティナが不思議そうに尋ねる。
「ああ、これは新聞といってな。最近流行っている物だったり、街で起きた出来事などが載っているのだ」
昔はそこまでは周囲の出来事に関心はなかったエリーシャだが、ウルティナを育て始めてからは街に出向く度に新聞を進んで購入していた。
娘と行く街の様子を事前にある程度知れるというのは、母にとってはかなりありがたいことだ。
「へぇ~、しんぶんっていうんだね。ウルにもみせて!」
「ふふ、くすぐったいではないかウルちゃん」
母の背中に抱き付き、肩越しに新聞を覗くウルティナだが、どうやらエリーシャは耳に吐息があたってくすぐったいようだ。
「あれ…? あっ!! このひと、まえにたすけてくれたひとだ!」
その新聞に映っていたのは、二年前に街で起きた揉め事を治めてくれた、迷彩柄の軍服を着こなした妙齢の女性、鬼神族のフィテロだった。
「よく覚えていたなウルちゃん――――」
――――あんな恐い目にあったのに。
そう言おうとしたエリーシャの言葉を遮って、ウルティナは嬉しそうに笑いながら、
「だって、このひとはウルとママをたすけてくれたの! またあえたら、こんどはちゃんとありがとうっていうの!!」
「そうかそうか、ウルちゃんはいい子だな。どれ、頭を撫でさせてくれ」
「きゃ、あはは! もう、かみがくしゃくしゃになっちゃうよぉ~」
「ふふ、すまない。妾としたことが、ウルちゃんが可愛いすぎて、ついやり過ぎてしまったな」
母の背中から離れ、撫でられ過ぎてボサボサになった髪を両手でペタペタと整えるウルティナ。
その仕草は五才とはいえ、立派に女の子だ。
「じゃあきょうもウルは、ごーれむさんとたたかってくるね」
「了解だ。あまり急に動くと怪我をするからな、ゆっくり少しずつ体を慣らすんだぞ。妾もすぐに行くからな」
「――――はぁい! きょうこそごーれむさんにかつのっ!!」
「メェ~」
勢いよくドアを開けて、ウルティナは元気に庭へと駆けていく。
メリィもそのあとを追いかけるように庭へと向かった。
「さてと、ぼちぼち今夜辺りから動き始めるとするか」
ウルティナが外に行ったことで一層静けさを感じる部屋にて、エリーシャは新聞を見ながら一人呟いた。
◆
――――エルゾラス大国、その中央に位置する首都ゾフィール。
ここに住まう者達は総じて、種族的に優れていたり、国や人々に対して多大な貢献をした者達が大半を占める。
それ故か、弱い種族など地位のない者への差別意識がとても強く、そういった者達にとってはかなり住みづらい場所となっている。
そしてこの国の中央に住まう者達は富裕層がとても多い。よって、ゾフィールにはいくつもの大きく豪華な屋敷が建ち並んでいた。
その中の一角に、他よりも一回りほど大きな屋敷がある。
家構えこそ少々古臭さを感じさせるが、敷地の広さも中々の物だ。
「――――はぁ、今日も疲れたわ……」
そんな屋敷の一室にて、迷彩柄の戦闘帽を床に放り投げながら、フィテロはベッドへと倒れ込むように寝転んだ。
「まったく……何で私があんな奴らの護衛なんてしなきゃいけないのよ、めんどくさい」
すでに夜も更けた頃。仰向けになりながら天井をぼんやりと眺め、独り言をこぼすフィテロだったが、
「――――あら!?」
ふいに、屋敷内に侵入する者の気配を捉えた。
「私の屋敷に侵入するなんて……何者かしら? まぁすぐに捕まるでしょうけど」
少し警戒したものの、普通に考えて自分の所までたどり着けるはずがない。
屋敷の規模からしたら少ない方だが、フィテロの屋敷には優秀な部下が何人もいる。
並大抵の侵入者ならば、拘束された状態ですぐにでも部下にこの部屋へ連れてこられるはず。
――――ガチャ。
そして数十分後、フィテロの部屋のドアがゆっくりと開けられた。
「随分と時間がかかったわね、そんなに手強い相手だったのかしら?」
「ほぉ、良いところに住んでいるな」
「……!? ――――あなたはあの時の……どうしてここに?」
驚きに目を瞬かせるフィテロ。
何故ならドアを開けたのは部下ではなく、黒い外套に身を包んだエルフの女だった。
見覚えのあるそのエルフは、かれこれ二年程前に一度会っただけだが、フィテロの脳裏にしっかりと記憶されていた。
「少し話したいことがあってな」
「はぁ~……話したいことがあるからって、簡単に来れる場所ではないんだけどね」
呆れ気味に頭を掻きながらエルフの女、エリーシャを見るフィテロ。
ここに来たということは、部下達を退けてきたということ。
フィテロの屋敷にいる部下達は少数精鋭。
その実力は鬼神族の彼女も認めるもの。
そんな部下達をわずか数十分で退けてここまでくる等、堪ったものではない。
「安心しろ。お前の部下達には少し眠ってもらっただけだ、妾に敵対の意志はない」
「う~ん、そうねぇ。確かにそういう感じではないけど……。――――いいわ、私に勝てたら話を聞いてあげる」
「敵意はないといったが?」
「私の優秀な部下達を退けて、無傷のままここまでたどり着いたあなたの実力を知りたいのよ。それに、拘りはないけど私も一応それなりの立場にいる身だし。話を聞いて欲しいなら力を示すことね」
「こういうのが面倒臭いから、あえて正面から侵入したのだが。仕方ないか……」
上位の種族になるほど、強さに拘る者は非常に多い。それが神の名を冠する三種族ならばなおのこと。
獅子族の男から人間族のウルティナを擁護してくれたくらいなので、フィテロがそれに当てはまるかはわからなかったが、ある程度の実力を示すといった意味も込めてエリーシャは正面から堂々とここまで来た。
だが、フィテロにはその行動が裏目に出てしまったようだ。
渋々エリーシャは戦闘準備に入る。
「ではお相手願おうか。鬼神族の変わり者、フィテロ・オーガスト」
静かに、緩やかに、屋敷内で二つの魔力がぶつかり始めた。
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