《魔導土人形》



「ではいくぞウルちゃん。――――いでよ《魔導土人形ゴーレム



 家の庭で、エリーシャが魔力を込めた手をかざすと、地面の土がモコモコと盛り上がり人の形を成していく。


 この魔法は《魔導土人形ゴーレム》という、土塊で造られた人形を生み出す魔法である。

 意志があるわけではないが、自らを生み出した術者の命に従う忠実な土人形だ。



「かっこいい! なにこれぇ!?」



 《魔導土人形ゴーレム》の体をペタペタと触りながら尋ねるウルティナ。


 先日のダンジョンでの娘の戦いを見て、母は思うことがあった。

 魔法ばかりに目がいって、体力や身のこなし、つまり体術が疎かになっていたと。


 敵は常に止まってくれてるわけではない。

 むしろ動きがあるのが当たり前だ。


 そんな敵に相対した場合には、こちらも動きながら、時には相手の魔法を避けながら攻撃をしなければならない。

 そうなった時に今のウルティナでは、厳しい戦いになるのは必至。


 もし昨日の餓鬼ゴブリンがウルティナの魔法を避けられる程に素早い魔物であったなら、娘はその直後に迫ってくるであろう攻撃に対応できなかったことだろう。

 なので、今日からは体術も少しずつ教えていくことに決めたのだった。



「こいつは《魔導土人形ゴーレム》といってな、妾の魔法で造り出した土人形だ。今日のウルちゃんの戦う相手だぞ」


「えぇ~っ!? ウル、つぶされちゃうよぉ!」



 自分の背丈より何倍も大きい《魔導土人形ゴーレム》を見上げながら、焦った様に母を見る。



「ふふ、それは大丈夫だ。こいつはウルちゃんに危害を加えられないように造ってある。触れることも出来ないだろう」


「そうなんだ、よかったぁ」



 ホッとするウルティナだが、



「それと、今日は魔法を使うのは禁止だ」


「えぇ~っ!? じゃあどうやって……」



 エリーシャの言葉を聞いて、再び声をあげる。



「安心しろ、戦うと言っても拳を交えるわけではない。――――お互いにこれを頭上に浮かせたまま戦ってもらう」



 そう言ってエリーシャは、ウルティナと《魔導土人形ゴーレム》の頭上に魔法で水の球体を出現させた。



「わぁ、なにこれぇ」



 さっそく頭上に浮遊するそれに触れようとするが、



「待つのだウルちゃん」



 エリーシャに止められてしまう。



「これは水魔法の一種でな。少しでも衝撃を与えると、割れて中の水が掛かるようになってるんだ。呼び方は水玉だったり水風船だったりと様々だが。ウルちゃんもビチョビチョに濡れるのは嫌だろ?」


「うん、やだ~」


「今回はこれを相手より先に割る勝負だ。《魔導土人形ゴーレム》もウルちゃんのを狙ってくるから、割られないように気をつけるんだぞ」


「おもしろそう! ウルがんばるよ!」



 かくして、ウルティナと《魔導土人形ゴーレム》との戦いが幕を開けたのだった。




 ◆


「――――――うへぇ~、またわられちゃったぁ……ごーれむさん、つよいよぉ」



 日も暮れ始めた頃、家の庭には《魔導土人形ゴーレム》と水浸しのウルティナ、そしてそれを見守るエリーシャの姿が。



「ふむ、今日はこれくらいにしよう。濡れてしまったし、このままお風呂にするか」


 あれから休憩も少なめに、夢中になって《魔導土人形ゴーレム》との攻防を繰り広げていたウルティナだったが、一度も《魔導土人形ゴーレム》の頭上の玉を割ることはできなかった。



(これは少し時間が掛かりそうだな)



 びしょびしょの娘を見つめ、考えるエリーシャ。


 魔法や文字の読み書きは覚えが早かったウルティナだが、どうやら体を動かすのは少々苦手のようだ。



(ふふ、こういう風に苦戦するウルちゃんというのも、中々に新鮮だな)



 頑張って《魔導土人形ゴーレム》の水風船を割ろうと四苦八苦する娘の姿は、母の目にはとても可愛く映った。



「うん、おふろはいるの!」



 目一杯体を動かしたウルティナだが、まだ元気は残っている様子。

 エリーシャの手を引っ張ってお風呂へと走っていく。




 ――――お風呂にて。



「……う~~ん」


「ん? どうしたのだウルちゃん?」



 湯に浸かりながら、腕を組んで目を瞑るウルティナ。

 五才児には似つかわしくないその姿を不思議に思ったエリーシャが、声を掛ける。



「えっとね、どうやったらごーれむさんのみずふうせんをわれるか、かんがえてたの」


「なるほど。では母から一つアドバイスだ。もう少し相手をよく見て動きを予想するのだ。次にどんな攻撃がくるのか、とかな」



 《魔導土人形ゴーレム》には簡単な動きしか命じていなかったが、ウルティナは馬鹿正直にまっすぐに突っ込んでいくので、簡単に水玉を割られてしまっていた。



「そっかぁ、またあしたがんばってみるね」


「そうだな、だが焦ることはないぞ。少しずつ成長していけばいいのだ。疲れたりしたらその日は休みにしたっていいんだ。妾は元気いっぱいのウルちゃんが好きだからな」


「えへ~、ウルもね、ママがだいすきなの!」



 エリーシャはそんなことを言いながら抱きついてくる娘が愛しくて仕方なかったが、同時に恐ろしくも感じてしまう。


 いつかこんな幸せな時間にも終わりがくるのだと。

 いったい、いつまで自分は娘と共に過ごすことができるのかと。

 ふとした何気ない幸せを感じた時に、そんなことを考えてしまう。


 そしてそれを想像するだけで気が遠くなりそうな目眩に襲われる。


 その度に自分に言い聞かせるのだ。


 自分の役目は、母としてこの子が一人で生きていけるまで育てあげることだと。


 いつかは訪れるであろう別れの時に、笑って送り出せるように、せめて今は精一杯の愛情を注ごうと。


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