ゴブリン



 《始まりの光ライト》で照らさなければ何も見えない真っ暗なダンジョンを、母とメリィと共に進んでいくウルティナ。

 今の所、擬宝箱マガイバコを最後に魔物には遭遇していない。



「まものでてこないね~」



 静かなダンジョンに、ウルティナの幼い声が反響する。



「まぁいくらダンジョンとはいえ、常に魔物が現れる訳ではないからな。そろそろ疲れたか?」



 エリーシャはウルティナの頭に手を乗せながら聞く。



「ううん、まだがんばれるの」



 大抵の者よりも多くの魔力を持つウルティナだが、体力は一般の五才児のそれと変わらないので、エリーシャはちょくちょく娘の顔色と呼吸の乱れにも注意していた。

 本人はまだ大丈夫と言っているが、少し息切れした様子が見えてきたので気になっていた。



「――――あっ! ママ、まものがでたよ! あれはごぶりんでしょ!? ほんにでてきたのっ!」



 ウルティナの目が、前方から近づいてくる魔物を捉えた。

 地面に散らばる小石を蹴り飛ばしながら姿を表したのは、全身灰色の皮膚をした人型の魔物『餓鬼ゴブリン』だった。


 腰にボロ布だけを纏い、手には歪な形状の棒を握りしめている。

 体長は丁度ウルティナと同じくらいだ。


 この魔物も掃除屋スライムと同じく、ダンジョンでは定番の魔物だ。



「ごぶりんはわるいまものなの! ぼうけんしゃをたべちゃうんだからっ!」



 初めて自分の知ってる魔物に遭遇したウルティナは、嬉しさと恐さが半々といった感じで、餓鬼ゴブリンへと両手を向けて、



「せんてひっしょうなのっ! 《始まりの火ふぁいやー》!!」



 一切の迷いなく魔法を放った。


 真っ直ぐ餓鬼ゴブリンに向かっていく炎の塊。



「ギギッ!?」



 餓鬼ゴブリンは炎に対して、持っていた棒を振って抵抗しようとしたが、



「――――――ギギャァアッ……」



 予想以上にデカい炎の塊に、餓鬼ゴブリンはなす術もなく燃え尽きてしまった。


 普通の初級魔法である《始まりの炎ファイヤー》ならなんとかなったのかもしれないが、ウルティナの豊富な魔力から放たれるソレは、一般的な初級魔法の威力を超えつつあった。


 

「やったぁ! たおしたよっ! みててくれた、ママ!?」



 黒焦げになり、動かなくなった餓鬼ゴブリンを確認して、母の元に走っていくウルティナ。



「…………」



 一方エリーシャはというと、娘の容赦のない攻撃に唖然としていた。



「――――ママ?」



 ポカンとしたまま喋らない母に、再度声を掛ける。



「あ、ああ。よくやった。先手必勝とは、中々難しい言葉を知ってるんだな。本で覚えたのか?」



 我にかえったエリーシャは、取り繕った様に返事をした。


 掃除屋スライムと違い、餓鬼ゴブリンは人型の魔物なので、多少迷いが生じるんじゃないかと心配していたのだが。

 そんな考えとは裏腹に、餓鬼ゴブリンを少し不憫に思うくらいの気持ちのいい攻撃だった。



「えへへ、そうだよ。あとね、ごぶりんにつかまったらたいへんなのっ! ひどいことをするまものなの! だからせんてひっしょうなの!」



 本で得た知識を、鼻息荒く興奮気味に説明するウルティナ。


 確かに餓鬼ゴブリンは捕らえた者を食べたり、それが女性だった場合は陵辱したりと、酷いことをする魔物として描かれることが多い。


 それは紛れもない事実なのだが、



「そうか、帰ったらママにもその本を見せてくれ」


「いいよ~、でもまだウルがよんでるとちゅうだから、おわったらだよ?」



 五才の娘が見るにはまだ早い本だったかも知れない。

 幼いウルティナが本の内容をどこまで理解してるかはわからないが、もう少し本の中身を確認してから渡すべきだったと、やや後悔するエリーシャだった。



「ああ。――――今日は疲れただろうし、そろそろ帰らないかウルちゃん。ここにはいつでも来れるし、また今度挑戦しよう」


「はぁい。たからものは、つぎにきたときにみつけるの!」



 悪い魔物を倒して満足したようで、ウルティナはメリィに跨がって母と一緒に来た道を引き返すことに。



 掃除屋スライム餓鬼ゴブリンの撃破、擬宝箱マガイバコという偽る魔物の存在。ダンジョン内の構造。

 大きな怪我もすることなく、何だかんだでウルティナの初めてのダンジョン体験は成功に終わったのだった。


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