五才



 ――――ウルティナに魔力が宿ってると判明してから二年。

 つまりエリーシャが娘を育て始めてから五年の月日が経っていた。


 三才の頃から少しずつ魔法を教え始めたエリーシャだったが、娘の成長ぶりには驚かされてばかりだった。


 五才にして、既に簡単な魔法はあらかた使えるようになっているし、字の読み書きに至ってはほぼ完璧にマスターしていた。


 最近では、寝る前に一人で読書に耽っているくらいだ。

 こんな五才児がいるだろうか。


 だがそれらよりもエリーシャが一番驚いたのは、ウルティナの魔力だった。

 最初は勘違いかと思っていたが、日に日に魔力が増えていってるのだ。


 もう魔力量だけなら、神の名を冠する三種族にすら匹敵するかもしれない。


 ここまできてようやくエリーシャは確信した。


 うちの娘は天才、いや神童だと。



「――――え~いっ!! 《始まりの炎ふぁいやー》」



 家の庭で片手を上げたウルティナが、高らかに魔法名を叫んだ。

 手の平からボワッと顕現した炎が空に放たれる。

 炎は勢いよく上昇し、どこまでも飛んでいくかと思われたが、



 ――――プシューッ



 ある程度まで上昇すると、見えない壁のような物にぶつかり、情けない音とともに消えてしまった。



「あぁ~、ウルのまほうがきえちゃったぁ」



 空を不思議そうに見つめるウルティナ。



「ふふ、この周囲には妾の魔法で結界を張ってるからな」


「けっかいってなぁに?」



 空を見上げたまま尋ねる。その間にもウルティナは魔法を連発しているが、結界にぶつかると全て同じように消えてしまう。



「結界というのは魔法の一種で、魔物などの侵入を防ぐバリアみたいなものだな」


「そうなんだね。そのけっかいはウルとかメリィにはきかないの?」


「うむ、いいとこに気づいたな。正確にはこの結界は魔力を持つものを入れないようにするものなんだ」


「ウルとメリィ、それにママもまりょくはあるよ?」


「そうだな。だから結界には出入り口となる箇所が存在していてな、そこに一定の魔力を込めると通れるようになる仕組みなんだ」


「あ、そういわれると、おそとにでるときはいつもおなじばしょからでるもんね」


「よく覚えてたな、えらいぞ」


「じゃあママはいつもまほうでウルをまもってくれてたんだね、ありがとう」



 結界がエリーシャの魔法だと知り、ウルティナはお礼と共に抱きついた。



「気にすることはない。娘を守るのが母の役割なのだ」



 エリーシャもそれに答えるようにして、優しく抱き止める。


 月日が経っても二人は変わらず、幸せに過ごしていた。




 ◆


「ねぇママ、だんじょんってしってる?」



 何気ない会話の一幕に、ウルティナがそんなことを尋ねてきた。

 きっと今読み進めてる物語にダンジョンが出てきたのだろう。



「もちろん知ってるとも、昔はよく行ったものだ」


「へぇ、いまよんでるほんにね、だんじょんがでてくるんだ! わるいまものをやっつけて、たからものをさがすの!」



 ダンジョンとは無限に魔物が生み出され、珍しい魔法具が発見されることも多い、未知の構造物のことである。


 ウルティナが口にした「たからもの」とは、魔法具のことを言っているのだろう。


 ダンジョンは何の前触れもなく突然現れる。

 その外観は、塔であったり洞窟であったり、果ては海中にあったりと様々である。


 今こうしてウルティナとエリーシャが話してる間にも、この世界のどこかでダンジョンが新しく出現しているかもしれない。


 何故急に出現するのか、何故魔物や魔法具が存在しているのか、それは誰にもわからない。


 ただ、今地上にいる魔物は、遠い昔にダンジョンから出た魔物なんじゃないかと唱える専門家もいる。



「――――じゃあ行ってみるか?」



 ダンジョンのことを嬉々として語る娘を見て、少し考えた後、エリーシャはそう言った。


 二年前、ウルティナの前で魔物を倒した時は恐がられてしまったが、今ならある程度そういったことも理解が出来ているようだし、何よりそろそろ実戦経験を積ませるのもいいんじゃないかと思い始めていた。



「いいの? ウルいってみたい!!」


「ああいいとも。でもダンジョンでは魔物を倒さなきゃだぞ? 恐くないか?」


「だいじょうぶなの、ウルがんばる!」



 気合い十分といった風に、両手を胸の辺りでギュッと握りしめる。



「まぁ、最初は一番レベルの低い所に行くからな、そんなに気負わなくても大丈夫だ」



 ダンジョンにはレベルというものが存在している。


 出てくる魔物の強さ、ダンジョン内の構造、環境、手に入れられる魔法具。

 あらゆる要素を加味してレベル分けされる。


 レベルは『初級』『中級』『上級』『超級』までに分けられており、『超級』に至っては生きて帰ってきた者は数えられる程しかいないとまでいわれている。


 今回エリーシャは、この『初級』ダンジョンにウルティナを連れて行こうとしていた。



「メェ~!」



 話を聞いていたメリィが、自分も連れてってと鳴きながら擦り寄る。



「メリィもいっしょにいこうねぇ~」


「メメェ!」


「出発は明日にするからな。今日は本を読むのはほどほどにして、しっかりと寝るんだぞ」


「はぁい」



 夜更かししないようにと言い残し、エリーシャは明日の準備をするべく寝室とは別の部屋に入っていった。


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