魔粘土
(まいったな……ああいった事態が起こらないように、首都ゾフィールから遠く離れた街を選んだというのに)
ソラリスから帰ってきてからエリーシャは、ベッドに寝転がりながら天井をぼんやりと眺めていた。
その横ではすでに泣き疲れてしまったウルティナが眠っている。
思い返せば、ウルティナが他者から負の感情を向けられるのは初めてのことだった。
エリーシャは当然ウルティナを愛しく思って育てているし、メリィも懐いている。
街で会った屋台のおじさんも、
というよりも、三才児にあんな態度をとるほうがおかしいのだ。
きっと今回の件で、ウルティナは深く傷付いたに違いない。
あれだけ行こう行こうと言っていた街だったが、今後はどうなるか。
(く、妾がウルちゃんの傍を離れたばっかりに……思い出したら腹が立ってきたな、もう少し痛い目に遭わせてやればよかったか……)
街での一件を振り返り、なんだかモヤモヤしていると、
「ん~、ママぁ……どこにいるの」
「む、ここだ、妾はここにいるぞ!」
エリーシャは眠っていた娘が起きたのかと思い、すぐに手を握る。
が、返事はない。
「……寝言か。とりあえず明日からしばらくは、街の話は避けるとしよう」
なるべく今日のことを思い出させないように。そう決意して、小さな寝息を立てる娘の暖かな手を握ったまま、母もまた瞼を閉じるのだった。
◆
「ふぁ~、おはようママ」
朝になり、目を擦りながらウルティナが起きてきた。
「うむ、おはようだウルちゃん」
「メェ~!」
「あはは、くすぐったいよメリィ。メリィもおはようだね~」
メリィは昨日のことを心配してたのだろう。
いつも以上に、ウルティナに擦り寄る。
「今日はご飯を食べたら、少し魔法の勉強をしよう。ウルちゃんも使いたがってただろう?」
「する! ウルもママみたいにできるようになりたいの!」
「ふふ、ウルちゃんなら大丈夫だ。すぐに出来るようになるさ。だが、一番大事なのは基礎だからな、慌てずにちょっとずつ覚えていこう」
「うん!」
昨日のことを引きずってないかと不安はあったが、娘のいつも通りの笑顔をみて、エリーシャは安堵した。
◆
「ママ、これはなぁに?」
朝食を終えて、庭に出てきたエリーシャとウルティナ。
今、ウルティナの手には四角いブロックのようなものがあった。
大きさはウルティナの拳二つ分くらいの、黄土色をした物体。
ウルティナは興味本位で、指でツンツンとつついたりしてみるが、それはカンカンと、固そうな音を響かせるだけだった。
「これは魔粘土という物でな。――――こうして使うのだ」
エリーシャは魔粘土の両端を持つと、それを左右に引っ張る。
すると不思議なことに、あんなにも固かった物体が、ビヨヨ~ンと、餅のように伸びたではないか。
「えぇぇ~っ!?」
ウルティナはわかりやすく、クリっとした目をぱちくりさせて驚いている。
そして、自分の手元にある同じ物体を見て、
「えいっっっ!」
エリーシャの真似をして左右に引き伸ばそうとするが、それは石のように固く、ピクリとも動かない。
「ママぁ、ウルもそっちの、びよ~んってなるのがいいの!」
早く遊びたくて仕方ないのか、ウルティナは母の前でピョンピョンと跳ねて交換を求める。
「ふふ、いいだろう」
エリーシャは持っていた魔粘土を元の形へと戻してから、娘へと手渡す。
「えへへ~、ありがとう」
母の手から魔粘土を受け取り、期待に胸を膨らませながら、それを思いっきり引っ張るウルティナだったが、
「――――あれ? あれれぇ?」
それは最初に持っていた物と同じく、固いままだった。
「ふふふ」
「なんでぇ」と言いながら、不思議そうに魔粘土と母の顔を交互に見る。
エリーシャはそんな娘の姿があまりに微笑ましく映ってしまい、微かに笑いが漏れてしまった。
「あ、いまわらったでしょ~」
その笑い声を聞いたウルティナは、腰に手を当てて頬を風船のように膨らませて、エリーシャをジトっとした目で見上げた。
「ふふ、すまない。ウルちゃんが可愛くてついイジワルをしてしまったな。では種明かしといこう。――――この粘土は魔力に反応して柔らかくなるんだ。いいか、もう一度やってみせるから、妾の手をよく見ててくれ」
そう言って、再び粘土を左右に引き伸ばすエリーシャ。
「あっ! ママのおててにきらきらがあつまってる!」
「よく見えたな、偉いぞ。いいかウルちゃん、今見えたキラキラしてるのが魔力だ。ウルちゃんの中にもそれはあるんだ。それを手に集めるイメージをしながら、粘土を触るんだ」
この魔粘土といわれる物は、魔力の高い種族が幼少期に魔力の扱いを覚えるのに使う、遊びながら鍛えられるといった優れものだ。
神の名を冠する三種族も、幼少期にはこれで遊びながら魔力の流れを掴むという。
「わかった、ウル、がんばる!」
こうして、ウルティナの魔法の勉強が少しずつ始まっていくのだった。
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