フィテロ



「お前は…………」



 エリーシャは少し驚いたように、軍服姿の女を見やる。



「まったくー、どういう状況よこれは」



 上から下まで迷彩柄の軍服をピッチリと着こなし、飄々と二人の間に割って入る妙齢の女。

 その緩い声音と雰囲気が、なんとも軍服とミスマッチだった。



「……フィテロ、様。 何故このような街にいらっしゃるのですか?」



 ヨクゴウがフィテロと呼んだ女の前で膝をつき、頭を垂れる。


 エリーシャ達にあれほど高圧的な態度をとっていたのが嘘だったんじゃないかと思えるくらいの、見事な低姿勢だった。



「あは、たまには田舎街の様子でも見てみようと思ってねぇ。そしたら街中で震え上がるレベルの魔力をビンビン感じちゃったわけ。こりゃ街が危ないと、急いで来てみたら、あなた達がいたの。で、何があったのよ?」



 ひざまづくヨクゴウに背を向け、今度はエリーシャ達を見る。



「ほぉ……上手く化けてはいるが、お前は鬼神族か。珍しいな。妾も久しく見てなかったぞ」


「…………あらら、上手く誤魔化せてると思ってたのに、まさかすぐに見破られるとはねぇ。まぁあれ程の魔法を放つんだもの、タダ者じゃないことはわかってたけどね」



 フィテロの外見はパッと見は、人間族のそれと変わらなかった。


 あるいは戦闘帽を被っているので、その下には猫人族ケット・シー特有の猫耳がついていて、臀部には尻尾が生えてる可能性もあったが。



「まぁいいわ。で、何で街中であんな魔法をブッ放してたかだけど。――――だいたい予想できたわ」


 フィテロの瞳は、エリーシャの後ろで涙ぐむウルティナを捉えていた。


「――――あなたは『アイアス』の街を任されてるヨクゴウよね? ……またやらかしたのね。あなたの横暴さはよく耳にするわ」



 再びヨクゴウの元に向き直るフィテロだが、さっきまでの飄々とした雰囲気は感じられない。



「いえ、これには理由が――――」


「ヨクゴウ――――私の目を見ろッッッ!!!!」



 それは身にまとっている軍服に相応しい、威厳のある怒声だった。

 二重人格と言われてもまったく疑わないレベルの、態度の急変ぶりだ。



「も、申し訳ありません、全て私の身勝手さが招いた結果です」



 まるで蛇に睨まれた蛙。

 ヨクゴウは、フィテロの瞳の中に宿る鬼に恐怖した。


 貴族として、首都『ゾフィール』で一つの街を任されるまで上り詰めたヨクゴウだったが、彼にも逆らえない相手は存在する。


 その筆頭が、神の名を冠する三種族だ。


 彼らは街を治めるヨクゴウとは違い、国全体を治める立場にある。


 差別意識が蔓延する国の状態を良しとしてるくらいなので、余程いきすぎた行為さえしなければおとがめはないが、フィテロだけは違った。


 彼女だけはこんな国の在り方は間違ってると、貴族だろうが、同族だろうが、真っ向から戦ってきた。


 いわゆる平和主義者だった。



「――――ってことでごめんなさいねぇ、あなた達には迷惑かけちゃったみたいで。ヨクゴウには言い聞かせておくから。お嬢ちゃんもごめんなさいね、恐い思いさせちゃって」


 怒りの叱責から一転。

 ケロっと態度を戻したフィテロが、ウルティナに頭を下げた。


 軽い感じには映るが、その謝罪にはちゃんと誠意が込められている。



「もうこれとろうとしない?」



 ウルティナが首飾りを握りながら、涙声で返す。



「その宝石は…………あぁ大丈夫よ、あのおじさんには私がキツく言っておくからね」



 一瞬、その緑色に輝く宝石に目を奪われかけたフィテロだったが、すぐにウルティナを見て、ニッコリと笑いかける。



「ちなみに、この宝石はどこで手に入れたのかしら?」



 フィテロもこの宝石が緑宝龍エメラルド・ドラゴンからとれる物だと知っていた。

 そしてこの宝石が滅多に出回らない、大変価値のある物だということも。



「これは、妾に襲いかかってきた龍を追い返した時に、そいつが落としていったのだ」


「追い返したって……一人で?」


「そうだが、それがどうかしたか?」


「いえ、素直に驚いただけよ」



 SSランクの魔物をたった一人で撃退。


 にわかには信じがたい、言えば笑われる冗談のような話だが、フィテロはそれを疑う気にはなれなかった。

 彼女はエリーシャから、その話を無条件で信じさせる程の、底知れない何かを感じていた。



「驚いたといえば、妾もだ」


「ん?」


「鬼神族であるお前が、妾達に頭を下げるとはな。我が目を疑ったぞ」


「あぁ、それね。よく言われるわ。私は嫌いなのよ。自分達より劣ってると、他種族を見下すこの国が。せっかくいろんな種族が暮らしてるんだし、みんな仲良く平等にすればいいと思うわ」


「ふ、変わった奴だ」



 変わってはいるが、ウルティナが安心して暮らす国にする為には、こういう奴こそ必要なのだろうと、エリーシャはフィテロに関心を示した。



「それじゃ、私はそろそろ行くわ。あ、ヨクゴウもちゃんと連れてくから安心してね。――――それじゃ」



 言葉通り、去っていくフィテロ。

 ヨクゴウもそれに続く。

 結局、最後まで獅子族の男はエリーシャと目を合わすことはなかった。




 ◆


「あなたよかったわねぇ、偶々私がこの街にいて。多分あのまま続けてたら、死んでたわよ?」



 ヨクゴウは種族差別の激しい男だ。


 それでいてプライドも高い。


 エルフ等には決して頭を下げない。


 あのままだったなら、例え勝てない相手だと途中で気付いても、決して退くことはしなかっただろう。


 鬼神族という、最上位の存在の前だからこそ素直に退くことが出来たのだった。



「…………はい」



 ヨクゴウはフィテロの背中を、どこか納得のいかない、不満に満ちた目で見ていた。


 彼女は鬼神族という生まれながらの強者だというのに、何故ああも弱小種族に肩入れするのか。

 

 弱い種族が強い種族に逆らわない。言ってしまえばヨクゴウはこの国の在り方に則った生き方をしているだけだ。

 だがフィテロの生き方はその真逆だ。それがどうしても気に入らなかった。


 そしてこの国には、そんなフィテロの振る舞いをよく思わない者達が、少なからず存在していた。


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