大事な物



 ウルティナの泣き声をその長い耳が捉えるのと同時に、エリーシャは全速力で駆けつけた。

 そこには【獅子族】の男に詰め寄られ、愛しの娘が号泣してるという信じられない光景が。



「妾の娘に、何をしている」



 この状況を見たエリーシャは有無を言わさず獅子族の二人を吹き飛ばすという選択肢が第一にあがったが、ウルティナがとりあえずは無傷というのを視認してから、一度心を落ち着かせ、まずはどういう状況かを尋ねた。



「貴様がこの娘の親だと? ハッ、まさかエルフとは思わなかったぞ」



 落ち着いたとはいってもそのただならぬ殺気を隠す気のないエリーシャを前にしても、ヨクゴウに動じた気配はなく、高圧的な態度を崩さない。


 それはエルフ族になど決して敗けないという、ヨクゴウの自信の現れだった。


 エルフ族は魔法適性には恵まれているが、それが他の種族よりもずば抜けてるかというとそこまでではない。


 それに比べ、獅子族は戦闘に特化した種族である。

 恵まれた身体能力に魔法適性、そして研ぎ澄まされた五感。

 一部の者は、神の名を冠する三種族とすらいい勝負をすると云われている。



「――――うわぁ~ん、ママ~!!」



 エリーシャが来て安心したのか、ウルティナは母の膝に泣きながら抱きついた。



「おおウルちゃん、恐かったな。妾が来たからにはもう大丈夫だ、よしよし」



 そんな娘を抱き上げ、安心させるように背中を擦りながら優しく声をかける。



「そのひとたちがね、ママが、ウルにくれた、これをね、とろうとしたのっ!」



 ウルティナは泣きじゃくりながらも、今起きた出来事を懸命に説明しようとする。



「でもね、これはウルがママからもらっただいじなものだからね、だめっていったの。そしたらむりやりとろうとしてきて、それで――――」


「大丈夫だ、もうわかったから。無理して喋らないでも平気だ」


「――――うわぁぁん、こわかったよぉ、ママぁ!!」


「よしよし、もう大丈夫だからな」



 エリーシャはウルティナの頭を撫でて落ち着かせ、メリィの背中へと乗せる。



「……メェ」



 メリィはまだ怒りが治まらないと、殺る気満々の低い声で不満気に鳴く。



「あとは任せろメリィ。それと元の姿に戻りかけてるぞ、気をつけろ」



 ウルティナの泣き声を聞いた瞬間、メリィは本来の姿に戻りそうになっていた。

 こんな街中でメリィが、SSSランクの魔物である神山羊エアレー本来の姿に戻っていたなら、大パニックは免れなかっただろう。



「貴様、ヨクゴウ様の話を聞いてるのか!?」


 主であるヨクゴウを蔑ろにするエリーシャに、付き人の怒号が飛ぶ。



「お前らこそ妾の問いに答えろ。妾の可愛い娘に、何をした? 返答次第では、ただじゃおかないぞ」



 改めて獅子族の二人を睨み付けるエリーシャ。

 相対するとヨクゴウの大きさが顕著に現れる。エリーシャの身長は、ヨクゴウの腰の辺りまでしかない。



「ただじゃおかないとは、これは面白いことをほざく。私に舐めた口を利いたのはとりあえずはいいとして。エルフの女、あの娘が身に付けてる宝石をどうやって手に入れた?」



 ヨクゴウの鋭い爪が、ウルティナの首飾りを指差す。

 宝石を集めるのが趣味というだけあって、ヨクゴウは首飾りに付いてる緑の宝石の正体を知っていた。


 宝石の名は『緑輝涙石みどりのなみだ


 SSランクの魔物である『緑宝龍エメラルド・ドラゴン』の涙が結晶化したもので、とんでもない価値を秘めた宝石だ。


 宝石コレクターのヨクゴウとしては、喉から手が出るほど欲しい品だった。



「それをお前らに教える必要はない」



 冷淡にあしらうエリーシャ。

 実際は、終わりの森で襲いかかってきた緑宝龍エメラルド・ドラゴンを撃退した際に、緑宝龍エメラルド・ドラゴンが泣きながら落としていったもので、あまりに綺麗だからとエリーシャが首飾りとして加工したのだ。


 だが、愛娘を泣かした奴らにそんなことを律儀に教える必要などない。



「ハハッそれならそれで構わん。要するに私が言いたいのは、その宝石はお前らのような者が持っていていいものではないということだ。金なら払うと言ってるんだ、さっさとそれを寄越せ」


「断る。あれは妾が娘にあげたものだ。お前らにくれてやる道理などない」


「貴様ッ、さっきから何という態度だ!! この方は首都『ゾフィール』の街、『アイアス』を治める貴族様だぞ!! 頭が高いわ!!」



 激昂する付き人。


 その怒号に、メリィに乗っていたウルティナは、またも体をビクリと震わせた。



「吹き飛べ《太古の風神カルデア》」


「――――ふぇッ!?」



 だがしかし、怒っているのはエリーシャも同じだった。

 目に見えぬ突風が付き人を襲い、その巨体を一瞬にして遥か後方まで吹き飛ばした。



「さっきからうるさいぞ。あまり大きな声を出すな。ウルちゃんが恐がるだろ」


「…………なんだ、今の魔法は?」



 付き人を吹き飛ばされ、驚愕の表情のヨクゴウ。

 今エリーシャの魔法によって吹き飛んだ付き人は、自分の護衛を任せられるくらいには信用していたし、腕もそこそこ立つ。

 決して一発の魔法でやられる程やわではないはずだった。


 そもそも、鍛えられた獅子族がエルフごときにやられるなど、あまりにも信じ難い話だ。



「どうした? 獅子族とはこの程度なのか? 吹けば飛ぶとは正にこのことだな。ああなりたくなければさっさと去れ。今すぐに妾達の視界から消えるというのなら、見逃してやろう」



 もっと痛い目をみせたいというのが本音だが、今ここで暴れるのはウルティナの教育上良くない。


 それに街にも迷惑が掛かり、あまりに騒ぎになれば再びこの街を訪れるのが難しくなる。

 実際遠巻きに何人もの人が集まり始めていた。



「なるほどな。エルフにしてはそこそこやるようだが、私をあいつと一緒にするなよ。――――フンッッ!!」



 逆立つ鬣、隆起する筋肉。

 ただでさえデカかったヨクゴウの体が、更に一回り大きくなる。



「私は欲しい物はどんな手を使ってでも手に入れる。今回は力ずくだッ!!」



 ヨクゴウは鋭い爪を躊躇なくエリーシャに向けて振った。

 その巨体と筋力から繰り出される長い爪は、もはや長剣を全力で振り回してるのとなんら変わらない。


 が、それがエリーシャに届くことはなかった。



「《太古の雷神フルゴア》」



 遥か上空より落ちる、古の黒き雷。


 反応不可能な速度で落ちたそれは、ヨクゴウの足元を深く抉った。



「……私がまったく反応出来なかった、だとっ!?」



 獅子族の男は唖然と佇む。


 その腕っぷしだけでここまでのし上がってきたヨクゴウは、エリーシャの魔法を見て顔をしかめた。


 今まで生きてきて、あらゆる種族と戦ったが、こんなことは初めてだった。

 龍神族の魔法を受けた時ですら、まったく反応できないといったことはなかった。



(いったいなんなんだ、この女エルフは……)



 ヨクゴウはここにきてようやく、エリーシャの異常性に気づき始めていた。



「外したのはわざとだ。次は当てる。死にたくなければ消えるがいい」


 

 エリーシャとしてはかなり手加減したつもりだったが、これでも反応できないとは。

 昔と比べて、なんと緩いことか。


 あの頃は本気の《太古の雷神フルゴア》すら、なんなく避ける化物が平気でのさばっていたというのに。



「はいは~い、そこまでにしてちょうだい。暴れすぎよ、あなた達」



 それはあまりにも突然のことだった。

 エリーシャがヨクゴウの出方を伺っていると、場に似つかわしくない緩い声が響き、軍服を着た女が二人の間に割って入ってきた。


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